【パラレル虎兎】He is【予定】
両親のこと
顔のこと
それから…
ヒーローになること
He is
「ワイルドタイガー」
呼ばれた声音は低い。
威圧するようなそれに、ワイルドタイガーこと虎徹は恐る恐る顔を上げた。
「説明書はお読みになったんですよね?」
虎徹を見下ろす男の顔は、長い前髪と分厚い眼鏡で隠されているが、不機嫌であることはピリピリと伝わってくる。
男の名前は、バーナビー・ブルックスJr.
今期から移籍したアポロンメディア・ヒーロー事業部のメカニックだ。
虎徹よりも一回り以上年下だと言うのに、サブチーフと言う要職につき機械工学界ではすでに知られたルーキーだという。
移籍後に与えられたニュースーツにも彼の才能は遺憾なく発揮されているらしい。
らしい、というのは虎徹がその辺りについて疎いのと、バーナビー曰くチーフの斎藤さんの方が余程素晴らしいとの言からだ。
だから、あくまでも「らしい」という噂でこの青年の評価は止まっている。
それと、なんかもう根本的に合わない。
水と油くらい合わない。
そもそも移籍して与えられたニュースーツと一緒に厚さ5センチもありそうな説明書を渡されてみろ。こちとら家電の説明書を読むのも面倒なんだぞ、と虎徹は思うのだ。
それになんだってこんなごてごてとスーツに機能が付いているのか。
あーあ…
思わず出たため息に、しまったと思う。
温度がまた下がった気がした。
「…えーと、あの」
「あなたは、その5分以外はただの人だと言うことを自覚した方が良い」
「は?」
何か言わなくてはと慌てる虎徹を遮るように、バーナビーの低温が響く。
ただのひと?
それはNEXTになってから久しく聞いていない評価だった。
ヒーローになってからは尚更だ。
「能力には向き不向きがあります。あなたの能力、ハンドレットパワーは発動中の5分間は確かに無敵かもしれません。ですが、切れた後は?一度使えはその後、1時間は一般人となんら変わらない。あなたが先代のスーツでさして大きな怪我もなく生きてこられたのは若さと運です」
「な…っ!」
「それが何時までも続くと思わない方が良いですね。少なくとも片方はどう足掻いても失われるんですから」
バーナビーの言葉は辛辣だ。
事実を突き付け、真っ直ぐに貫いてくる。
前例や最新データによる予測、解析。
理路整然と並べ立ててくるそれらは虎徹にとって痛い話だ。
だが、と虎徹はいつも思う。
データや理論だけではどうにもならない時もあるだろう。
無駄だろうが何だろうが、結局目の前の命が救えるならどんな無茶をやっても良いじゃないか。
勘に頼って何が悪い!
「ヒーローを続けるのであれば、最低限、生き残る努力をしてください」
延々と続きそうなバーナビーの小言はPDAからのコールによって打ち切られた。
コールに応じる虎徹の横で、バーナビーがラボへスーツの支度指示をしていた。
さっきまて散々に文句を言っていたのが嘘のような冷静振りだ。
「すぐ出れます。そのままポーターへ」
白衣を翻して歩き出したバーナビーに続いて虎徹も部屋を飛び出す。
どんなに怒っていても、PDAが鳴れば何事もなかったように出撃の準備を始める。
そういうところを実は好ましく思ってるんだが、それを伝える術も機会も虎徹は持ち合わせていない。
とりあえず、今のところは。
(それから、伝えようと言う気も)
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作品名:【パラレル虎兎】He is【予定】 作家名:Shina(科水でした)