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Arco iris

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今もまだ、この掌にあいつの温もりがずっとずっと残っている気がして、何度も何度も掌を握り締めてみる。だけど、掌に伝わるのは冷たい冬の空気だけ。まるで独りこの世界に取り残されたような、そんな感覚に陥って今日もまた掌を握ったことを悔やむ。
どうしてこうも俺は立ち止まったままなんだろう。後ろばかりを振り向いて、明日と向き合うことを恐れてしまうのだろうか。
独立から数百年たった今でも、俺はまだあいつの温もりが忘れられないんだ。


「にーいちゃんっ。今日は会議だよー」
窓から眺めている景色は、数日前からずっと変わらず青く澄み渡る空を映していた。その空をぼーっと眺めている俺に声を掛けてきたのは言うまでもない俺の弟。
共にイタリアという国を背負っている北の片割れだ。
「んー・・・今日は俺気分じゃねぇしでねぇわ。お前だけ行って来い」
「ヴェ〜?!この前もその前も、そのまた前もそう言ってこなかったじゃんか〜」
「・・・行きたくねぇんだよ」
窓からのまるで写真のような景色を見渡しながら素っ気無く答える。行きたくないのは、気分だ。どうせイタリアは一つなんだから、俺が行かなくたって物凄く重大な何かがあるというわけでもないだろう。
「じゃぁ、俺だけで行ってくるね・・・?」
「あぁ」
少しだけ寂しそうな声にも振り向かず、ただ空を眺め続けた。少ししてからゆっくり遠ざかる足音と共に、ドアがそっと閉められる気配がした。空から目を離し下を向くと、ヴェネチアーノが家から出て行き愛用の車で会議へと走ってった。
俺は別に会議が嫌いな訳じゃない。だるいし面倒くさいのはある。だけど所詮会議だ。座って静かにあの芋野郎の話を聞いておけば済むこと。
だけど、最近はどうしても行きたくない。
理由は、わかっているのだけれど・・・それを口にするにはあまりにも辛くて、悲しい。もう終わったことを口にする事程嫌なことは無い。悔やむことしか出来ないからだ。それも、その内容が悔やめない内容なら尚更どうすればいいのかわからなくなるのだ。

もう一度空に目をやるとやっぱり青く澄み渡り、白い雲がまるで太陽を強調させるかのように可憐に空を飾っていた。
―沈まない太陽、か。
一言ぽつりと呟いて、また痛くなる胸を押さえ付けながらぎゅっと目を閉じた。


多分、俺の記憶に間違いが無ければあの日もこんな風に晴れていた。
洗ったばかりの洗濯物を屋敷のメイドに編んで貰った籠に入れて運んでいた。籠をこかしそうになり、慌てて立ち止まってから汗を拭うついでにふと空を見ると、あまりにも眩し過ぎてぎゅっと目を閉じた。もう一度目を開けるとそこには俺を拾って育ててくれた、太陽のような人の顔が真上にあった。何となくやっぱり眩しく感じて二度瞬きをすると、ニカッと嬉しそうに歯茎を見せた笑い方をして俺を抱き上げた。それが嫌で抵抗の色を見せるとあいつは空を見上げて指差し俺に見てみぃと笑いかけた。
その指先から空を見ていくと、そこには虹があった。大きく、大きく、空を繋ぐ様に掛かる虹。驚きの声を上げると嬉しそうにあいつは笑って言った。
“あの虹はなー、あそこで輝いてる太陽があるからできてんで。お陽さんの光の反射であんな風にきれいに見えるんやで。虹はスペイン語でいうたらArco iris(アルコ・イリス)やねんで。irisでも虹って意味はあんねんけど、Arco(アーチ)っていう意味を付けて、空に掛かるアーチ・・・そういう風に考えてんねん。何か、空の芸術って感じがしてめっちゃえぇと思わへん?”


「・・・arcobaleno(アルコバレーノ)・・・か。最近見てねぇなー・・・」
無性に湧き上がる懐かしさを隠すためにぽつんと呟いてみる。アルコバレーノという表現に慣れた自分に、もう自分はスペイン領じゃなく、イタリアなんだと実感してまた痛くなる胸に嫌気が差した。これは自分が決めた選択なのに、どうして最近こうも思い出しては辛くなるのだろう。
自問自答していると、携帯が電話の着信音を爽快に鳴らした。溜息を吐きながら電話の送信者を見ると、それは今まで考えていた人物からだった。

「・・・pronto」
『あっロヴィ!今日はどうしたん?』
「は?」
『いや、最近会議こーへんやん・・・親分何か寂しいワァ」
「別に、俺の勝手だろ」

妙に懐かしく感じる声に、そういえば最近ずっと連絡を取っていなかったことに気づいた。声を聞けば、本音や寂しさが出てしまいそうで何気に避けていたのだ。
そんな事も知らずにあいつはいつもの様に優しく、暖かい声で語りかけてくる。
『そういやなぁ、親分とこ一昨日までめっちゃ雨やってん』
「ふーん」
興味が無い、というよりも、下手な事を言う前に早く電話を切りたかった。弱いところをこいつに見せてたまるか。
『でなぁ、昨日はめっちゃ晴れてん!!』
「ほー。そりゃ良かったな。じゃぁ」
『待ってーな!こっからがえぇことやねんて。なぁ、ロヴィは覚えてる?虹のこと』
―覚えてるも何も、今さっき思い出していてことだ。
出かけた言葉をぐっと飲み込み、掠れた声であぁと呟いた。
『Arco iris・・・空に掛かるアーチ。昨日めっちゃ凄い大きいのが掛かってん』
「・・・へぇ」
『何やっけ、お前のところやったら』
「arcobaleno」
『そうそう。ロヴィのところは最近掛かった?』
「・・・いや、見て・・・ないな」
『そうなんや〜・・・あっ、ごめんな、そろそろ会議戻らなアカンわ』
まだ終わってなかったのか。終わっていないのに俺に電話なんて掛けんなよコノヤロー。・・・そんな憎まれ口を叩く余裕も無かった。
思い出が溢れて来て、自分じゃどうにもならなかった。どうして今日はこんなにセンチメンタルなんだろうか。久々に声を聞いたから?安心したのか?まさか。餓鬼じゃあるまいし。・・・そう自分で思い込みながらも、必死に出てきそうな涙を止めた。
『じゃぁ・・・・・・ロヴィ?どないしたん?』
「え、ぁ、あ?何がだよ・・・」
『・・・何か、辛い事でもあったん?』
「っ、ねぇよ!!ほら、さっさと会議に戻れ!俺もシエスタっつー用事があんだよ!」
『あーはいはい。ほんなら、切るわな。また連絡するわ』
「もう掛けてくんな!」
・・・切れた音がして、俺は椅子から立ち上がり、先程取り込んだばかりの白く暖かいシーツがひかれているベッドに突っ伏した。
どうにも昔を思い出しそうで、怖い。昔は昔。もう戻れないこと。それに今の生活だって良い。この道を選んだことに俺は後悔はしていない。
そう思い込もうとした時に、右手に握り締めていた携帯が今度はメールの受信を鳴らした。
送信主はさっき電話したばかりのあいつ。

「何だよ・・・用件は一度・・・に・・・」

メールには、写真と一言だけが打たれていた。
写真はさっき言っていた虹。
本当に大きな虹だ。綺麗にスペインの町を飾っている。まさに空の芸術だ、と思った。
それと一緒に、添えられていた言葉。

“Quiero verte.”

「・・・ばーか・・・」
ポロポロと溢れる涙に悔しさを覚えながらも、どうしても止められない。
俺も―・・・

「会いたいって・・・っ」



会ったら崩れてしまう、俺の弱さ。
作品名:Arco iris 作家名:mutton