飲食店で
服装は季節の変わり目に乱れやすいというが、全くその通りだと思う。
和歌山の隣を歩く、(無駄にでかい)弟が良い例だ。いつも以上にだらしなくぶら下がったネクタイに、腰まで下げたズボン。(パンツ見えるんちゃう?)一緒に歩くのが恥ずかしくなってくる格好の千葉は、さっきからお腹空いた空いたと唸っていた。
「あーなんでこう暑くて腹へるかなぁ……」
「“空く”やじょ。うっさいな、でかい男が傍でぶつくさ言うとったら余計に暑なるやろ!」
「和歌山ーあそこ行こう。これじゃ夕飯まで待てねぇべ」
「姉の言葉スルーするとはええ度胸やなコラ」
夏休みが終わってもう九月の後半。夕方になってもまだ暑いものは暑い。
制服というのはどうも通気性が悪いものだ。しかも、男子は女子と違って足が全部隠れるズボンを履くことが義務付けられているわけで。そりゃスカート履いちゃダメとは言われてないけど普通しないし。
部活で疲れて空腹絶頂期の彼にとって、店から香ってくる美味しそうな匂いは空腹をより一層刺激しているのだろう。
「はいはい、ええよ、もう」
「っしゃー! 俺月見バーガー!」
アルファベットのある一文字の看板で有名な某ファーストフード店に、弾丸如く飛び込むように入った。やれやれ、男子学生の胃袋はブラックホールに相当するのかもしれない。
続いて中に入ると、大体夕飯の時間だというのに店は長い列を作っており、和歌山は店内で食べられるか心配だった。しかし、覗いてみればここで食べている人は少なく、どうやらこの長い列は出来はじめたばかりらしい。
「あっちぃ、まだかよ……」
「もうすぐやしょ。昼時よりマシな方やわ……ほらほら、ちゃっちゃと注文するもの考えとき」
ただでさえ暑いのに、人の多さに余計に温度は上がるばかり。その上空腹となれば苛苛だって増してくる。だだを捏ねても仕方がない状況とはいえ、高校生にもなって幼稚園児みたいなことを言うものだから勘弁してほしい。
「いらっしゃいませ」
「セットでこれとこれで」
「ドリンクは?」
「……メロンソーダで」
アルバイトのおばちゃんらしい店員さんと千葉のやりとりを聞きながら、和歌山はレジを後にした。
店内の食べるスペースにはレジより更にクーラーが効いていて、入るとひんやりとした空気が汗ばんだ肌に染み渡っていく。
「あー涼しー」
「席はあっこ(あそこ)でええ?」
「おう」
確認をとってから、一番隅っこの二人用の席に座る。トイレの近くだけど、まあ彼は気にしないだろう。
「いっただっきまーす」
右手にハンバーガー、左手ポテトという両手食いを見事に披露しながらもの凄い勢いで食べ進めていく。和歌山はというと、今週はお小遣い浪費したくないし、そこまでお腹が空いているわけではないので弟の食べっぷりを黙って見ていた。
「うめー。スピカはなんか頼まなくてさーかったのか(よかったのか)?」
「うちゃー(私は)ええわ」
強いて言えば、少し喉が渇いているぐらいだろうか。水筒のお茶はもう飲んでしまったし、ファミレスでないからお冷なんて出ないので渇きはますます増すばかりだ。悪気ないのだろうが、ついつい千葉の注文したメロンソーダに視線がいっている。
「ああ、これ飲むか?」
流石にチラチラ見すぎた所為で気がついたのか、千葉がメロンソーダを差し出した。
ジャラリ。
氷の音が誘惑してくる。
「いや、別にええって」
「無理すんなって、Lサイズのだし、一口ぐらい別にいいって」
「……じゃあ、一口もらうわ」
お言葉に甘え、赤と白のストローを口に咥える。ずっと水分を補給したかった身体に冷たいメロンソーダが入っていく。炭酸で舌と喉がビリビリ刺激したが甘くて美味しく、一口で十分幸せそうだ。
「おおきに」
「あ、これって関節キスだべ」
ニコッと上機嫌な弟が目の前に。和歌山はしまったと思った。
「あが、それが目的で!?」
「まさか。“お姉ちゃん”が苦しんでいる姿が見たくないからに決まってんべ」
目の前の男は、ムカつくぐらいイイ笑顔をして。こん畜生が!
「……はよ食べてまい(早く食べてしまって)」
「はいはい。あ、ポテトも食べていいからな」
これは関節キスになんねぇけど。
そう付け加えられた言葉に、和歌山は一気に顔に熱という熱が集まった気がした。
ああ、此処が公共の場じゃなかったら一発殴ってやるのに! ド畜生め!
「顔赤いぞ」
「じゃかあしい、暑いだけじょ!」
そう言い捨て、和歌山は鞄から団扇を取り出した。