幸福
嬉しそうにも、楽しそうにも見える表情に悪い気はしない。でも、ドタールの音色も好きだけど、僕はアミルの歌声のほうが好きだ。
「歌ってもいいですか」
目が合って微笑むのを繰り返すうちに、僕が意図的にちらちらと見ていると思ったのか、アミルが言った。
「うん」
もちろんだと僕がうなずくと、音色にかぶせるように彼女は歌い始めた。言葉ではない。純粋な音がメロディをつくる。彼女の声と、ドタールの音色が踊りだすようだった。僕の隣りで、すこしだけ体を左右に揺らすように傾けながら、きれいな声で僕の演奏を支え、誘う。
一曲が終わると、アミルはにこにこしたまま僕の顔を覗き込んだ。ちょっと近い。これは彼女の癖なのかもしれない。
まだ見慣れない年上の妻の美しさに、どきりと胸がはずみ、すこしばかり頬に熱がたまるのがわかる。でも、覗き込んでくる彼女も少しばかり頬を染めていて、うぬぼれでなければ、きっと僕たちは同じ気持ちだろう。
「……すてきだよね」
「はい」
なにが、とは言わない。彼女も、なにがとは訊かない。
そうして完全に音楽が止めば、家の外でトルカンたちがまた騒いでいるのが、遠くはあるが確かに耳に入ってきた。
でも彼女はまだ僕を見つめている。僕も彼女から目が離せなくなる。
結局どちらが先にまぶたを下ろしたかはわからないけど、唇を重ねたとき、お互いの姿が自分の瞼に隠れたことは間違いないと思う。
*ドタール=5話の扉でカルルクが弾いてるマンドリンみたいな楽器