ナイスピッチング
みんなで。
自分の球を取ってくれるキャッチャーがいて。
(阿部君だから、投げれる)
ベンチに帰れなくなっても。
(田島君が、帰ろうって言ってくれて)
点を取られても、みんなが励ましてくれて。
(今のみんな、だから)
そしてみんなで野球ができる。
(三星には、叶君がいるから)
もう淋しくなくて。ここにいてもいいんだと言われた気がした。
それならオレはみんなのために投げるから。
幸せな夢を見た、と、目を開けてぼんやりとそんなことを思った。
みんなで、野球をした。そして、勝った。
(三星のみんなが謝って、そして)
帰ってこいといわれた。
けれど今の自分には西浦のみんながいるからといった。さびしいはずなんてない。毎日が楽しくて。
(そりゃあ、たまには、大変、だけど)
ずっと眠れなかった。自分の性格をどうやって直したらいいのかなんてわからなかった。
速い球だって投げたかった。
(阿部君は、怒った)
けれど1球だけ。最後の1球だけは、入った。
(合宿も楽しかった…)
そこで気が付いた。ぼんやり見えていた天井が、だんだんと木の模様まではっきりと見え出す。
(ここ、は…合宿所…で)
室内は蛍光灯で明るい。どこからかみんなの騒がしい声が聞こえた。
安心できる笑い声が響く。
(…!)
部屋の蛍光灯が付いてることに気が付いて、一気に起き上がった。
「こ、ここここ…!」
何で自分は寝ていたんだろう、とあわてて辺りを見回した。
丁度障子の向こうに人影が映る。かと思うとその障子が音を立てて開けられた。三橋を見て一瞬驚いた顔をした阿部が、すぐにいつもの表情に戻る。
「よう、起きたのか」
三橋はあわてて勢いをつけて首を縦に振った。
「起きたなら食いにくりゃ良かったのに」
「で、でも、今、起きて…その」
状況が良く飲み込めないまま、阿部が目の前に夕食を置いた。
「お前の分。他はみんな食われたからな」
また首を同じように振る。阿部が小さく、そう勢いつけなくも、とぼやいた。
「しばらく寝れなかった分、よく寝れたか」
夕食を手にとりかけた三橋の手が止まる。
「お、オレ、いつの、まにか」
「ああ、監督が寝てていいって言ったんだから別に気にすんなよ」
阿部がひらひらと面倒くさげに手を振った。最後の記憶は、試合から帰ってきたあたりになっている。
自分でも気付かない間に眠っていたらしい。それでも。
(それでも、今までで、一番、眠れた)
そしてその間に見ていた夢は夢ではなく。
(本当、に、勝った)
思わず自分の手を見た。その手を、どうしたんだと阿部が覗き込む。
「マメでもつぶしたか?」
言われて三橋は首を振った。ああ、と阿部が小さくつぶやく。
まだ、手には少しだけボールの感触があった。皮の手触り。縫い目の凹凸。
確かにこの手で投げた。
「お、オレ、オレ…」
両手を広げたまま、阿部の顔を見る。
なんだか試合のときの興奮までよみがえってきそうで。
わかったわかった、と言いたげな反応で、阿部の手が跳ね返りの多い三橋の頭を軽くたたいた。
「ナイスピッチ!」
三橋の口からテレを隠しきれない笑いがこぼれた。
丁度様子を見に来たらしいみんなが、その後ろから顔をのぞかせた。
「エ、エヘッエヘッ…」
三橋の笑いに、全員が目を見合わせて、それからまた三橋のほうに視線を戻した。
「ナイスピッチ!」
みんなの声が揃う。
まだ、幸せな夢の続きなのかと、思った。