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月夜に捧げられしもの

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 ――殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ。

 村人達はみな一様に笑顔だ。口元が裂けてしまったかのように上へとあげてキラキラとした眼差しで、斧を鍬を鎌を持って木の柱に括り付けられた帝人の身体に群がった。
 我先にと振り上げて突き刺していく。
 響き渡る悲鳴に酔った男達は凶器を帝人の中に残して嬉しそうに嬉しそうに顔をゆがめて離れていく。
 帝人の目は閉じられてすべてを受け入れているかのようだ。
 笑いながら歌いながら男達はそれぞれの家へと帰って行く。

 ――安心だ、安心だ、安心だ、安心だ、安心だ、幸福だ。

 狂乱の宴のあとに残されたのは動きもしない帝人。銀色の月に照らされた青白い頬に涙の筋が見える。風もない静かな夜。
 それを臨也は冷たい目で見下ろした。コートがあるはずのない風を受けてなびく。臨也の身体から出る黒いもやが帝人に近づく。
「触らないでくださいよ」
 白く濁った帝人の瞳に生気が宿り、突き刺さった狂気の凶器が勝手に抜けていく。笑い声のようにキィキィ甲高い音を立ててどこからか現れた蝙蝠たちが帝人の中に入っていく。
「なんなの? 帝人君ってばマゾ? ド級のマゾヒスト?」
「あなたの悪食の不始末です」
「あの娘たちが『食べて食べて』ってうるさかったんだよ」
「別の意味でしょう」
 肩をすくめて帝人は答える。顔色はいいとは言えないが体に傷はない。衣服も現れた蝙蝠により補修されていく。
 縄も鎖も解けて自由。
「人にはいつだって安心が必要なんですよ」
「あれ、彼らを肯定するの? 復讐やめるんだ」
「……あの人達は悪くはありませんよ。薬は井戸に投げ込まれていました。あなたが娘に手を出したのと同時期に」
「ふぅん?」
 納得がいっていないように臨也は目を細める。
「で、やめるの?」
「まさかっ!」
 帝人は瞳を青白く輝かせ笑うこともなく答える。
「僕は決して許しはしない」
 足を動かす帝人の周りで青い炎がバチバチと空気中に散った。
 温度のない炎は臨也を遠ざける。
「僕達の平和を奪ったものを。僕達の村を壊した存在を」
「僕達ねぇ」
「絡みますね」
「そりゃあ――いくら経っても誰も何も戻っては来ないからね」
「不毛だとしても、これは僕のエゴですから構わないんです」
 似合わない無骨な凶器が狂気となって帝人を包んだ。
 少しだけ臨也は悲しそうに淋しそうに顔を歪めて「そっか」と小さく口にする。
 まだ空中に残っていたキィキィうるさい蝙蝠を手で捕まえれば青い炎。
「どうして帝人君は俺のなのに俺に反属性持ってるの?」
「ドMはあなたの方ってことでしょう」
「俺を否定しないで受け入れてよ」
「冗談じゃありません。これは手段でしかないんです」
「俺は強制的に君を支配することも出来るんだよ」
「じゃあ、さっさとすればいい。そんなつまらない事をするために僕を生かしているんですか? 支配者の命令には逆らいませんよ。はい、満足ですか?」
「あんなにかわいく『臨也さん臨也さん』言っていたのに時代の流れって残酷」
「そうですね」
 帝人は歯を剥き出しにして笑う。
 尖った歯を主張するかのよう。
「確かに時代の流れは残酷ですね。取り残されているあなたが言うのは説得力がある」
「かわいくないこと言うなぁ」
「臨也さんのせいじゃないですか?」
「えー」
 青い炎を恐れもせずに臨也は帝人へ距離を縮める。
 バチバチとうるささなど小さなことだ。
「俺は同胞なんか求めてない」
「じゃあ何が欲しいんですか」
「君だよ。君。竜ヶ峰帝人の全て。余さず残さず一滴の狂いもなく全部頂戴」
「訳が分からないことばかり言いますね」
「仕方がないじゃないか、君が俺の心に先に触れたんだ」
「……ご愁傷様です」
 帝人はあくまでも素っ気ない。
「君があの日の月に囚われているように俺は君に囚われる。素敵なことじゃないか」
「馬鹿馬鹿しさが美徳ですか?」
 臨也は答えることもなく帝人を抱きしめる。
 キィキィうるさい蝙蝠にガジガジ皮膚を食いちぎられたが気にもしない。
 帝人が困ったように臨也の腕の中で頬を染めているのだから低俗な使い魔の反逆など些事だ。
 唇へ動く臨也の顔の位置を帝人が首筋へと変える。
 意図を読み取りながらもいい気はせず、それでも空腹から帝人の首に牙を立てる。
 皮膚を食い破るような見た目に反して痛みではなく快楽しか伴わないらしく帝人は目を閉じて情事の時のような顔を見せる。
(そりゃ美味しいけど、餌にしたいわけじゃないんだって……)
 長く生きてズレた吸血鬼は上手い言葉を吐き出し損ねた。
作品名:月夜に捧げられしもの 作家名:浬@