きみがまってる
――嗚呼、俺は引き金の役目を果たせたんだ。
弾の心の中は達成感に満たされているようだった。未来のこれからはバローネやユースたちが担っていくだろう。
それでも心にわだかまるのは、コアブリッドを引き戻せることに安堵していたソフィア号のクルーや仲間たち。そして、目に涙を浮かべながら、それでも笑顔を見せてくれた彼女。
――地球へは、戻れないんだろうか。
そんな感情が弾の中に芽生えた瞬間、眩しすぎる光が弾を包み込んだ。それは温かく懐かしいもので……弾はこの光を知っていた。
「弾、大きくなったわね」
「マギサ……!」
ふわりと弾の前に姿を現したのは、グラン・ロロでの戦いの最後にマザーコアとなったマギサだった。慈愛に満ちたまなざしは、あの時から変わっていない。
「よくがんばったわ。あなたも、みんなも」
「見ていたのか?」
「ええ。私からは干渉出来なかったけれど。ゲートが開いてしまってはいけないから」
「そうなのか……」
「未来が気になる?」
「……気にならないと言ったら嘘になる」
苦しそうに目を閉じて俯く弾に、あなたらしいわね、と言ってマギサは笑う。弾は言葉を選ぶようにしばらく口を開閉させて、ふぅっと一息吐いてから尋ねた。
「……地球リセットは、回避できたよな?」
「ええ。その後に各地で嵐が発生したけれど、すぐに収まっているわ」
「そうか……よかった」
マギサの言葉に安堵して、弾はようやく顔を上げる。その表情は笑顔で……マギサは少し切なくなりながらも弾に問いかける。
「まだ、あるでしょう?」
気になること。
言われて弾は腕を組んで考え込んだ。未来がこれからどうなっていくのか、クルーや仲間たちは無事なのか、魔族と人間が手を取り合っていけるのか……。
「弾自身のことよ。あるでしょう?」
「俺自身の、こと……」
マギサの言葉を反芻して、弾は再度考える。人間と魔族のため、それだけを考えて戦い続けてきた弾は、自分のことを二の次にしていた。気付いていたようで気付いていなかったことを思い知り……ただ一つの答えにたどり着いた。真っ直ぐにマギサを見つめて、答える。
「……出来ることなら、みんなのところに帰りたい」
「ええ、帰れるわ」
「本当か!」
あっさりとOKを出されたことに少し拍子抜けしながらも、弾はマギサの言葉に耳を傾け続ける。
「弾は今、グラン・ロロで私と……マザーコアと一緒になっている状態なの。実はこのままここにいる方が危険なのよ」
「そうだったのか……」
「弾がもといた時代でいいかしら?」
「ああ、頼む」
ゆっくりと、だが力強くマギサは頷く。そして、弾は光に包まれて……意識は遠ざかっていった。
+++++
弾は車の走行音に目を覚ました。どこかの屋上に倒れていたらしく、立ち上がり周囲を見渡す。
「ここは……」
バトスピの大会会場のある場所の屋上だった。三年間に華実と会った場所、一年前にヴィオレ魔ゐ改め紫乃宮まゐと会った場所。車の音はすぐ側にある首都高速からのようだった。
「弾……!?」
聞き覚えのある……いや、忘れることなんて出来ない声に名前を呼ばれて振り返ると、そこには髪を短く切ったまゐが立っていた。彼女の見開かれた瞳からは涙が溢れそうなほど。
「……ただいま、まゐ」
言って歩きだそうとしたところに、まゐが飛び込んできた。肩に顔を埋めて、服にしがみつき、細い肩を震わせている。
「髪、切ったんだな」
こくん、とまゐは頷く。嗚咽をこらえているせいか、それ以上は何も答えない。そんなまゐの頭を撫で、髪を梳きながら、弾は話し始めた。
「マギサが、助けてくれたんだ」
マザーコアとなったマギサと同化しかけていたこと、会って話したこと、ゲートを開いて弾を地球へ……もといた時代へ帰してくれたこと。全てを話し終える頃には、まゐも落ち着いて顔を上げて弾の話を聞いていた。
「ねぇ、弾」
「なんだ?」
「……おかえりなさい」
「ああ、ただいま」