生態観測1
「なんだか、嫌だねえ」
堅い椅子の上で半身をねじ向けて、怪しげな賑わいを見せている中央の大テーブルをぼんやり眺めながら、ダービーは言葉通りの顔つきをしている。
その腕をつかんで振り向かせた節制は、こんどは胸に体を擦りつけた。やはり猫がするように、肩口から腕、脇腹をずるりとこすりつける。ジャケットの襟からは煙草の匂いが、内側の様々なポケットから色々なものの形が感じられた。彼もダービーと似たり寄ったりの顔をして、言う。
「急にその気になる方が悪い」
「そうは言っても、君、あれを見せられるとね」
ダービーはまだぼんやりと、中央のざわめきを眺めている。
「足りねえんだよ、食いもんが」
二人の前の小さなテーブルには、彼らの夕食の食い残しが載っている……いた。皿の上の肉片や小骨、野菜のかけらやソースの残り、パン屑までもが、薄黄色い粘膜に覆われていた。みるみるうちに溶けていくそれらは粘膜に、つまり『節制』に吸収され、持ち主の皮膚の上でかすかな凹凸を作っていく。
「これもいくか」
申し訳程度に歓迎の意を表していた一輪挿しの萎れた赤い花も飲み込まれ、溶け崩れて粘膜になった。どうにも量の足りないその材料を体中から掻きとって片手に集め、節制はダービーの首に貼りつかせて仕上げを終えた。賭博師の体は先ほど擦りつけられた粘膜で、薄く覆われている。しばらく間をおくと、それらの粘膜は隠しポケットの多いジャケットに同化してしまった。
「こんなもんかな」
点検を終えた節制の黒い目が、暗い照明を受け流して中央の明るいテーブルを見た。
一癖ありそうな人々が、新しくゲームを始めている。カードが行き交い、チップの代わりに張られているのは紛うかたなき高額紙幣、現金だ。プレイヤーそれぞれの肩や懐のふくらみを見るまでもなく、どう控えめに言っても物騒なゲームで、それだからダービーは少々無理を言って無敵の防護壁を借りたのだった。
「マシンガンとまでは言えねえけどな。ナイフとか拳銃くらいなら食い止める。とっとと行ってこい」
「では、お言葉に甘えて」
「金だけにしとけよ。後がめんどくせえから」
「それはちょっと……」
「イヤならてめえを食い潰す」
「仕方ないな」
未練ありげに首を振って、一呼吸したダービーは隅の椅子からゆっくりと立ち上がり、強運を証明するコレクションブックを小脇に抱えて、ゲームに参加するためにどこからともなく紙幣を取り出しながら歩いていった。
結局、これだけの手間をかけながら、ダービーと節制が熱のこもった罵倒と呪いに送られて店を出るまで、2時間しかかからなかった。