奇跡の方向オンチ
通路を歩くウォルターが、角を曲がったら、そこにアンディが立っていた。
「は?」
服装はいつもと同じで、けれども赤いコートはまとっておらず、手ぶらなので、仕事に行くわけではないことがわかる。どれくらいの時間かわからないが、本部に戻っているのだから、今は休んでいるところなのだろう。次の仕事までの間。
対して、ウォルターは戻ってきたばかりで、なにコレ、スペシャルなお出迎えかなんか? などと思う。
アンディがお出迎えって……。
あまりのことに、ギョッとするというか、ゾッとするというか。自分の知る限り、そういうことをする相手ではなかったはずだけどなぁ、などと思ってしまう。それに、そういう間柄でも……悲しいことに……まだないし。
だいたい……。
自分たちはいつも処刑する相手のもとを訪れ、そして見送る立場なのだから。
そう思い、ふっと微苦笑する。
いろんな意味で、めずらしいこともあるもんだ。
……でも、悪い気はしない。どころか、けっこう嬉しい。
「よぉ」
笑みをやさしいものに変え、なんだかぼんやりと突っ立っているアンディに笑いかける。
「……ウォルター……」
眼帯で隠れていないほうの大きな瞳で、じっとウォルターの顔を見上げる。にらみつけるように。そして、ぼそっと言った。
「なんで、ここに?」
くわっとウォルターは目を見開いて怒鳴った。
「帰ってきたんだよ! 帰るべきカラスの巣に!!」
やっぱりだ。やっぱり出迎えなんかじゃなかった。たまたまだ。たまたまだったのだ。じゃないかとは心の隅で思っていたけれども。
『「なんでここに」じゃねぇ……』と脱力してぼやく。
背中の棺がずしっと重たい。その場にしゃがみこんで床に『の』の字とか書きたい。
アンディはといえば、顔中に『?』『?』と表して、ぽかんとして、慌ててキョロキョロしている。
「ウォルターがここにいるってことは……あれ? おかしいな……ここどこ……?」
「次は『私は誰?』とか言わねぇよな」
うんざりして突っ込む。そして嘆く。
「ここ本部だよ」
「本部、広い……」
結局座りこんでしまっていたウォルターは、『くそっ』と小さくうめいて、膝を手で叩き、よいしょと立ち上がった。そして、アンディと向き合う。
「ようするに、また迷子になったんだな、アンディ?」
「そうとも言うね」
「そうとしか言わねぇよ。ったく……」
がしがしと頭をかいて、のんきに首を傾げている相手に尋ねる。
「で? どこに行くつもりだったんだよ」
アンディは少し言いにくそうにためらって、ぽそりと言った。
「……モニカのとこに報告に……」
ふんふん、と聞いて、ウォルターは棺をかつぎ直し、あいた方の手でアンディの頭をつかんだ。
「だったら、部屋に戻ってから一緒に行ってやるよ」
だが、アンディの言葉はまだ途中だった。
「……行こうと思って探してたんだけど、やっぱりシャルルがいるからいいやって……」
「……」
ウォルターは唖然とする。アンディの頭から手をどけ、顔を覗きこんで、えー、聞くのは怖いけど一応……と、おそるおそる続きを尋ねる。
「……で?」
「それでカルロのとこに行こうと思ったんだけど……」
「……部屋に戻ったら一緒に……」
「迷ったからとりあえず部屋に戻ろうと思って……」
「部屋に戻ろう!」
がしっとアンディの肩をつかんで、きっぱりと言う。
うん、よし、それがいい! とウォルターは決めつけた。
ダメだ、このマイペース。典型的な方向オンチ。
アンディは肩をつかむ手があるというのに、あらぬ方向を指差して、足を向けて行こうとする。
「でも、なんとなく、こっちの方かなって……」
「アンディ、待て待て、逆方向!!」
(おしまい)