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雨と

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ふらり、意味もなく近場を歩いていると見知った男が遠くからやってくるのが見えたが、まだこちらには気付いていないようだった。くるりと番傘を回す。姿を隠しても良いのだが擦れ違った時にどんな顔をしてくれるだろうかと考えると暇つぶしにはなる。そのまま歩を進めた。
 あ、と口を開いた間抜けな面が視界に入る。足音と気配を消しても消しきれないもの、それで気付いたのかは定かではないが気持ちにこりと微笑んでやるときゅっと口を締めた。その方がまだ見られる顔をしている。
「一人、なんですか?」
「ええ」
 それ以上問いかけは無かったが様々な憶測が彼の頭の中では飛び交っているのだろう。今日の答えに他意は無いのに、ひどく警戒心強い男だ。まるでどこかの誰かとは大違い。
 見ると男は頭から下まで雨に濡れているようだった。しかし、ずぶ濡れと言う訳ではなく小雨だから傘を差さなかったと言うような風だ。だと言うのに必要以上に濡れているのはそれを見誤ったからだろう、なんと浅はかな。
「入りますか?」
 軽く傘を上げる動作をすると一瞬固まるもすぐに頷く。とは言っても彼の行き先も知らず、もし遠ければ少々面倒だと思っていたが近くだと言うので歩き始めた。雨は少しずつ勢い増していき、そのまま歩いていたらきっと濡れ鼠になっていたであろう男を想像して笑う。
「何か」
「いいえ、私と出会えて幸運でしたね」
「ああ……」
 会話を続ける気もないが相手にその気もさらさら無いと言うのも面白くない。でも、持ち出す話題も無いのでそのまま口を閉じて歩く。沈黙は時計の針を遅くするが、ここです、と彼が言ったのは予想より遥かに早くて、少しだけ物足りなさを感じた。
 傘から出るとすぐ近くに建物があると言うのに彼は空の下で突っ立っていた。体調を崩そうが構わないのだが妙な注目を浴びるのは好ましくないのでそっと促した。
「そう、ですね。ありがとうございました」
「では」
 しとしとと雨が降りしきる中を今度は一人で戻る。もう、いもしない隣が行きよりほんの少しだけ暖かいような気がしたのは、本当に気のせいだろう。振り返ればあの目が私を見る、それは少し居心地が悪い。ぱしゃりと水たまりを一つ踏んだ。
作品名:雨と 作家名:奈津緒