月輪
大きな大きな銀色の月を背に、ここら辺では一番大きく立派な大木の天辺に"彼女"は座り舌っ足らずな声で無邪気に歌っている。
「あんまり〜〜光がまぶしくてぇ〜〜いろんなものがまぁる見えだぁ♪」
任務前だというのに、緊張感など皆無らしい。
俺はそんな彼女を眺めて小さくため息。
「ねぇ……ナンなのその、ヘンな歌。」
呆れた様に腰に右手をあてて声をかけた。
「あ〜、遅かったじゃん。」
わかっていたのか、振り向かずにそういった。
その素っ気ない態度に俺は彼女の肩ごしに顔を伺う。
「……俺は今、来たばかりで遅刻してないんだけど。」
俺と同じ狐面に顔は隠されているが、そこから細く華奢な首筋のラインが見え隠れしている。
「だって"今日も"遅刻したじゃん?」
悪戯っぽく彼女がつぶやく。
彼女が言わんとしているその言葉の意味をわかっているので俺は肩をすくめた。
「仕方ないデショ。わかってるくせに」
「あはは。そりゃそーだ。」
可笑しそうに両肩を揺らせば、金色のポニーテールが同じ様に揺れる。
「おいおい笑いすぎ……って、よっぽどヒマを持て余したてたの?十六夜」
まぁ、俺と違って彼女は時間にある意味正確なのだけど任務遂行までまだ少し時間がある。遅れたわけでもないわけで。
「それは〜ナイショだってば」
俺の問いかけに答えずクスクスと笑い、十六夜が立ち上がる。
「あぁ、ちょうどいい時間だね」
月を見上げて鈴のような声で彼女はつぶやく。
ついさっきまで彼女を包む無邪気な雰囲気は、もう人を寄せ付けない雰囲気を醸し出している。
月輪の逆光を浴びたその姿を見て、もう任務モードに入ったなと感じた。
それにどことなく楽しげで。
その雰囲気が、ある姿を思い出させた。
「ナルト、」
無意識に名前を呼ぶ。
その瞬間。
「ねぇ、その名前禁句だけど?」
キン……と空気が凍った。
思わず口に出してしまった呼んではいけない名前に、彼女が静かに振り向いた。
「アタシの邪魔をするんなら"カカシセンセー"でも容赦しないし。」
狐面の表情が哂っているように見えた。
声音や言葉は柔らかいが、それがかえって彼女の気に触れているのがわかる。
それを感じて内心、冷や汗をかいた。
自分よりも10以上も歳の離れた小娘に気圧されてる。
「……わかってる、呼んで悪かった。十六夜。」
俺は一度ため息を吐くと諸手を上げて降参する。
「わかればいい。」
十六夜はほんの少しだけ雰囲気を和らげた。
それ以上、何もいう気はないようだ。
「行くよ。」
ふわり。返事を待たずにしなやかな肢体が軽やかに空に舞う。
月輪に照らされたポニーテールはまるで黄金色の狐の尻尾のように見えた。
その身体に宿る狐の化身の様に。
俺も黙ってその後を追う。
彼女を追いながら、その背中を見ながら……俺はいつも複雑な心境になる。
明るい日差しの中の彼女を知っているだけに。
こんな輝く月に照らされ、闇夜に暗躍するよりも、太陽の明るい日差しの中にいる方が彼女にはふさわしいと思う。
わざわざ自分の手を血で汚す事も汚い事をすることも、本来ならする必要などない。
それでも……と、俺は心の深い所で願う。
このまま−−このまま彼女が自分と同じように闇に落ちていけばいいのに、と。
「…………あ〜ぁ、やめた、やめた。」
独りごちる。
俺は時折、混じり込む余計な考えを払拭する様に頭を振った。
今は、これからの任務をどう遂行していくか考えなければ。
唯一彼女と共有できる、この夜のために。
俺は一切の感情を閉じた。