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【T&B】アテンション・ナイト

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調子外れの鼻歌が車内に落ちる。
曲名は分からないが陽気な曲調が、酔っている彼の気分を表していた。定例パーティへの参加を毎度ながら渋る虎徹を強制連行した腹いせなのか、一人黙々と酒を呷っていて、帰る頃には静かに出来上がっていた。酒で気分が紛れたのだろうか。何の曲ですか、と聞こうとしたら虎徹が車の窓を開け始めたので、バーナビーの気が逸れる。
「エアコン入れてるんですけど」
「夜風のがきもちーぜー?」
「……」
 開け放たれた窓からは確かに心地よい風が流れ込んで、虎徹とバーナビーの髪を揺らした。小さく息を付いてエアコンをオフにすると、バーナビーも運転席の窓を少し開ける。
「そういやお前、いい歳なのに彼女の一人や二人ぐらいいねぇの?」
 唐突な話題振りは酒が入っているからだとしても、どうして二股前提なんだ、と少し苛立ちながらバーナビーは平静を装って返す。
「不誠実な事はしない主義です」
「んじゃ、想ってる人とかさ」
「……いますよ」
「お、なんだ、いるのかよ。でも付き合ってねぇってことは、意外と純情なんだなバニーちゃん。あ、そこ左ね」
 虎徹の矢継ぎ早のナビゲートに不意を突かれて、バーナビーは続けようとした口を閉じて運転に集中する。貴方です、なんて告げたところで困惑させるだけなのは分かりきったことだ。いつからかぼんやりと持て余すようになったこの気持ちは、きっと伝えなくていい。彼とどうにかなりたいわけでもないのだから。
 ちらりと助手席の虎徹を一瞥すると、流れる夜の街並みを眺めていた。その表情はどことなく寂しそうだった。

この辺でいいぜ、という虎徹の声に、バーナビーは車を道路脇のパーキングに止める。
「さんきゅーバニー…って、あれ?」
 がちゃがちゃと音を立てる虎徹は、どうやらシートベルトを外すのに手こずっているらしい。酔いで手元がおおぼつかないのかと思ったが、車内が暗いせいもあるのかもしれないとバーナビーは手を伸ばして車内灯を付けた。
「大丈夫ですか」
 バーナビーはベルトを握る虎徹の手の上に己の手を重ねて、バックルから外してやる。外れましたよ、と視線を送ると何故かまじまじと見つめられた。暗かったから気がつかなかったが、明りを付けたら虎徹との距離は随分縮まっていて、虎徹の低い声が耳に響いた。
「……バニー、香水変えた?」
「いえ…会場で誰かのがうつったんでしょう」
 言われて、肩口の匂いを確かめようとしたら握ったままだった手が引かれて、バーナビーの身体が傾く。
「っ…?」
 近すぎてぼやけるぐらいに虎徹の顔が近づいて、ちゅ、と唇に触れた何かが離れた後には、飲んでいないアルコールの味がした。
「虎徹…さん?」
「そんじゃ、また明日な!」
 呆気にとられたまま相棒の名前を呼べば、彼は颯爽とドアを開けて外に出ていた。ドアの閉まる音でバーナビーは我に返る。
ひらひらと手を振る虎徹に、バーナビーも応えた所で気がついた。今日は金曜で、明日から週末の連休だということに。間違えたのは彼も動揺していたからなのか、ただ酔っていただけなのか。前者であって欲しいと心の隅で思いながら、バーナビーは口元を押さえた。触れられた唇がひどく熱い。たぶん、頬まで赤くなっている。付けっ放しだった室内灯を消すと、バーナビーはハンドルに顔を埋めた。今更心臓が煩く騒ぐ。
「なんなんだあの人は…」
 胸の内のこの想いは、底に留めておこうと思っていたのに。