ごほーしの道っ
「あぁ…最近は大分いいんだ。そんなに心配しなくてもいい」
「でも…」
八の字眉に上目遣い。
力一杯握りしめられたシーツ。
全身で心配を表してくる太一に、矢島は安心させる様に笑い掛け、相変わらずボサボサの太一の髪を撫でる。
こうすると、太一の表情が緩むから。
矢島としても楽しい。
嬉しそうに気持ち良さそうに、目を細めてその手の温かさを甘受する太一。
どこまでも無防備でこちらを信用しきっているその表情に、何も思わないではないが、表に出す様な真似はしない。
この子はまだ幼いのだから、と内心で己に言い聞かせながら。
しかし。
そんな矢島の決意も知らぬ気に。
「あっ、そーだ!!あのねー、矢島さん!!」
ぱっ、と、何事かを思い出したのか、勢いよく太一が顔を上げた。
「うん?どうした、太一」
「あっ、あのねー!!」
ぐぐっ、と何やら拳を握り、必死になって。
「…ご、ごほーしって、どーすればいいのっ!?」
…矢島さんに衝撃が走りました。
「…太一。誰に言われたんだ?」
「え、えと、えと………八木沼さん、とか」
ひくり、と矢島のこめかみが動く。
その単語が、何を含んでいるのかは明白だ。
「よし解った、後で話をしておこう」
立ち上るオーラが何やら怖いが、それはそれとして。
「…やり方、教えて?」
太一はマイペースだ。
八木沼の言う“ごほーし"が何を指しているのかはやはり完全には理解していないのだろうが、この首を傾げながら困った様に聞いてくる様を見るに。
「…お、おれにできる事なら、なんでもする、よ?」
心なしか顔を赤らめ、そう言い募る様は。
「…だめ?」
切なそうな響きを含んだ声で、潤んだ瞳を向けてくる様子は。
(…何をどこまで吹き込まれた…)
ぼんやりとでも、それがどういう事かをなんとはなしに気付いている様な、いない様な。
思わず焦る矢島だったが、強靭な精神力で表情に出す事はせずに。
「…太一。お前がこうして来てくれるだけで十分だ」
「………うん。………でも………」
何かしたい、と顔に書いてある。
訴えかける様な上目遣いが心臓に悪い。
(………八木沼、覚悟をしておけよ………)
それから意識を逸らす様に太一から微妙に視線を外しつつ。現実逃避気味に、 表情を変えぬまま、八木沼へと呪いを飛ばす矢島である。
しかしそんな事をしてみても、事態が好転する訳も無く。
「矢島さん………」
訴える様な視線はそのままだし、声に含まれるものに至っては一層強くなっている様な。
汗が垂れる。
これは色々と拷問な気がする。
「………太一、その気持ちだけで十分だ」
そう言うと、太一がしゅん、とする。
胸が痛むが、流石に欲望のままごほーし、とやらをさせる訳にもいかない。
「………おれじゃ、だめ?」
「………いや、そういう事じゃなくてだな………」
困った。
本気で何をどこまで吹き込まれたのか。
今からでもマッサージやら何やらで誤魔化せるだろうか、と思考を巡らせつつ。
「おれ、がんばるからっ!!」
勢い込んで言う太一に、気持ちを揺らしつつ。
「………………それなら一つ、いいか」
己の忍耐力の無さと発端の八木沼の言葉を苦々しく思いながら、矢島が口を開く。
途端にぱっ、と顔を明るくさせて、
「うーんっ!!なになにっ?」
身を乗り出してくる太一をそのまま引き寄せて。
「えっ?やじまさ…」
疑問の声を遮る様に、その口を己のそれで塞いだ。
唾液の絡む水音と、合間に漏れる声と。
荒くなっていく息と、微かな衣擦れの音。
それらしか聞こえない時間は、長い様で短く。
「………っ、は………」
銀糸を引いて離れていくそれを、ぼうっとした様子で眺めながら。
「………ぁ、やじま、さん………?」
とろん、とした瞳で名を呼ぶ太一に、矢島は微笑み掛ける。
「…まずはここまでだ、太一」
「ん…うん…?」
よく解ってないだろう太一に、矢島は続ける。
「…これに慣れたら、もう少し本格的な“ごほーし"をしてもらおう」
「あ…うん…」
まだ半ば呆けている太一に、そう約束を取り付けて。
(………まぁ、その前に退院は出来ると思うしな………)
寄宿舎なら“ごほーし"もせんだろう、なんて考えての行動だった訳だが。
その体勢のままだった太一が、きゅうっ、と矢島に抱きついてきて。
「おれ、がんばるねっ」
頬を紅潮させ、柔らかい笑みを浮かべ、潤んだ瞳で見上げながらそう言ってくる太一に。
(………………俺は自分を抑える事ができるだろうか………………)
少々遠い目をしながら、不安を感じる矢島であった。
それはそれとして。
「………八木沼。ちょっと顔貸せ」
「うわあああ顔こえーーーっ!!?」
矢島の呪いの所為か寒気を感じてたりしていた八木沼、矢島の退院に伴い、直接説教を喰らう事になり。
…それから暫く太一と矢島には近付く事が無かったらしい。
八木沼が矢島にどんな説教を喰らったのかは誰も知らないが、アストロズの面々に矢島の恐ろしさはこの上も無く伝わったのだった。
「………兄貴。矢島さんに何かしたのか?」
「ん?ごほーしっ!!」
「!!?」
「でもほんかくてきなのはまだだめって言われたから、がんばるんだー」
「ちょっ、待っ、あにきーーーっ!?」
そして某弟は知らぬ間に進行する恐ろしい何かに気付き、一人悲鳴を上げるのだった。