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朝霧 玖美
朝霧 玖美
novelistID. 29631
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真夏の少女

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「うぅ・・・暑いぜ!チクショウ、なんだってこんなに暑いんだ!!」

そりゃ、暑いよな~。今年最高の37度だぜ。
オレの体温だって36度だ。
スコールなんて冷たいヤツだから35度くらいか?
この暑さは余計に応えるだろうなぁ。あはは・・・

いくら涼しい中庭の木陰と言ったところで、しょせんは外だ。
セミはジージー、ミンミンと頭の上でうるさいし、もう聞いているだけで暑さ倍増だ!
セミども、目に物見せてやる!ゼル様の得意技をお見舞いしようか!
そう思って立ち上がってポーズも決めようとしたところに、あ!あいつだ。
三つ編みの彼女・・・。またバスケットを持っているぞ。

「ゼルさ~ん!!」

そうオレの名前を呼びながら、暑いのに小走りに駆けてくる。なんてかわいいんだ。
でれでれしちまうぜ、でへへへ。

「キャッ!!」

急に立ち止まって、バスケットを落として手を振り回してばたばたしてる。
オレも気になって立ち上がった。彼女のほうへ行こうとしたら、涙目になった彼女が
走ってきた。

立ち上がって見ていたオレのところに走ってきて、思い切り胸の中に飛び込んできた。

「せ、背中を見てください! 何かいるでしょう? む、虫は大の苦手なんです~!」

どうも、虫を払っているうちに背中へ回って止まってしまったらしい。
サンドレスというのか背中の開いている薄い生地の服らしいので虫の感触がわかるのだ
ろう。もぞもぞするのかな。涙目になっているくらいだから、こちらもふざけないで取
ってあげなくちゃだな。
背中を見るとコガネムシがもそもそ歩いていた。指でそっと取って彼女に見せようとし
た。

「ほら、こんなに小さいコガネムシだぞ。見ろよ。オレがつまんでいるから大丈夫だか
らさ。ほら!」

「え、え! いやです。虫はだめ~!!」

オレの胸にしがみついたまま、イヤイヤしている。これもかわいいんだよなぁ・・・。
へへへ。
でもこの状況わかっているのかな。虫じゃないけど、どこに自分がいるのかちゃんと自
覚があるのか?

「おい、もう逃がしたから。ほら、オレの手を見て見ろよ。持ってないだろう?」

恐る恐る目を開けて、オレの両手を代わりばんこに、しげしげと眺めていた。

「あぁ、もういないんですね。・・・よかった」

それで、数秒遅れてから

「あ!!」

バッタのように後ろに飛び退いて、真っ赤な顔をした彼女がいた。

「あ? なんだ、どうしたんだ?」

「だ、だって、わ、私、ゼルさんの腕のな、な、中・・!!」

あぁ、なんだ、そういうことか。やっぱりかわいいぜ~。

「いいじゃないか。だって怖かったんだろう? ほら、ゼル様は虫にも負けない強~い
味方だ」

「は、はい……」

真っ赤な顔をしてうつむいたまま頷いて、彼女が答えた。

「おぅ、そうだろう? そういえば、あのバスケットの中は何が入っていたんだ? 」

「あ、きゃーー! バスケット!! 」

そう言うなり、彼女は放り投げたバスケットを思い出したようで駆けだしていった。
そして息を切らせながら、小走りに戻ってきた。

「ハァハァ……。こ、これね、ゼ、ゼルさんと食べようと思って、サ、サンドイッチ
作ってきたんです。」

そう言いながら、バスケットを開けてみた彼女の目から、また大粒の涙が……。
覗き込んでみたら、こりゃ泣きたくなっちまうなぁ。
出来上がった時は、きれいに詰めてあったんだろう。でも放り投げて落ちた拍
子にこうなるのは目に見えているってもんだ。

「あぁ~、ちょっと悲惨な状態になったなぁ。でも、どれどれ……」

まだ原型をとどめているサンドイッチを一つ取り出した。オレの好きなフルー
ツサンドだ。
生クリームにバナナや缶詰のミカンがはさんである。もちろん悪くならないよ
うに保冷剤も敷いてあった。

「おっ! いけるじゃん。そりゃ、形が悪いのは虫のせいで、お前のせいじゃ
ないんだからな。サンドイッチ、おいしいぞ。うん。いける、いける」

まだ泣きべそをかいている彼女の手を引っ張って木陰へと連れて行った。
二人で木により掛かるように並んですわって、目の前にバスケットを置いた。

「ほら、味は大丈夫だから、一緒に食べようぜ。そのつもりで来たんだろう?
形なんて気にしないからさ。あ、もちろん、お前が上手に作るのは知っている
んだから安心しろよ。な?」

「……ん」

赤い目をしたまま、オレを見て小さく頷いた。まだ頬には涙がついていた。

「しょうがねぇなぁ。ほら…」

と言って、ちょっとくしゃくしゃのハンカチを手渡そうとした。
彼女もハンカチを受け取ろうとして手を出したんだ。
その手を見ていたら急にかわいらしさがこみ上げてきて、そのまま手を握って引き寄せ
てしまった。

「きゃ!」

そのまま、オレの方に倒れ込んできた彼女を抱きしめて、涙のあとに唇を押しつけた。
そして、彼女のやわらかい唇にキスをした。
そっと唇を離したら、

「……クリームの味がする」

おいおい、涙目の赤い顔しながらそんな恥ずかしいこと言うなよ~。

「おいしかっただろう? だから一緒に食べようぜ。ほら、あ~ん」

彼女が小さく口を開いた。そこにサンドイッチを入れてあげた。

にこっと笑って、オレを見た。

彼女は虫が苦手だけど、自分が泣き虫を飼っているなんて夢にも思わないんだろうなぁ。

男は誰だって、好きな娘の泣き虫には弱いんだよ。飛んでいる虫や悪い虫には強いけどな。




-FIN-
作品名:真夏の少女 作家名:朝霧 玖美