赤い花びら
リノアは、左手にもっていた花を、バシッと地面にうち捨てた。
「何を怒ってんだよ、花がかわいそうだろう?」
「だって、だってね、スコール。」
「どうした?」
「だって、何度やってもダメなんだもん‥‥。」
「だからさっきから、何やってたんだよ。そこらじゅう花びらだらけだぞ。」
ここは、ウィンヒル。丘の上にあるレインのお墓の前。
季節は春。時間は午後。そこらじゅう、春の花が咲き乱れていた。
その中から白い花を選んで摘んでは、花びら占いをしているのは、墓の前にちょこんと座っているリノアだった。
「花びら占いをしているのはわかった。見てればな。でも何を占っているんだ?」
隣で寝ころんで空を眺めているスコールに、そんなふうに聞かれて、リノアは真っ赤になってしまった。
「何を占っているって‥‥。あ、あのね、……内緒!」
「内緒ってなんだ。さっきから、ずっと待っているんだ。」
そういうが早いか、リノアは花を持ったまま倒されて、スコールに組み伏せられてしまった。
「さあ、白状するんだ。言わないと後悔するぞ。」
「えぇ? そんなこと言われたって言わないも~んだ。」
「そうか、わかった。」
「そうだ……ん。」
「よ。」の言葉は、スコールの唇の中に消えていってしまった。
「んん・・・。」
離せとばかりにスコールの胸をドンドン叩いていたリノアだったが、諦めて腕をスコールの首に巻き付けていった。唇がそっと離れて、耳元で囁いた。
「さぁ、話す気になったか、 リノア?」
「しょうがないなぁ、そんなに聞きたい?」
「あぁ。うち捨てられたかわいそうな花たちも、さぞかし聞きたいだろうよ。」
「あ…、花びら?! ……あの、あのね、スコールのお母様がラグナおじさまがいなくてもスコールやエルオーネを守ったように、私も強くなって守られるかなぁって占ってたの。」
「……お前が強くなるって?これ以上強くなってどうするんだ? 」
ふだんのスコールからは考えられないが、どこか含み笑いを持った感じの言葉だった。
「ふ~んだ。そんな事言うとね、何かあっても守ってあげませんよ~~!」
「ほら、そんなことですねてないで、そろそろ帰るぞ。」
「ふんだ!!」
立ち上がったばかりの後ろ姿のスコールに、どんと両手を押し付けた。
「うぁっ!!」
「うっ……。」
前のめりにスコールは転んで手を付いてしまった。
「え…?」
ホントは転べばいいんだと思ってやったものの、やはりその声が心配だった。
スコールの前にまわったリノアが見たものは、手のひらがざっくり切れで血がボタボタ流れている右手だった。
「ちょうど手をついたところが、とがった石だったんだ。」
言葉では何気なく言うが、だんだんスコールの顔が青ざめて来た。そばで見ているリノアも顔も青ざめてきた。そして涙も頬を伝いはじめた。
「あぁ、スコール!ごめんなさい。そんな怪我をさせるつもりじゃなかったの。ちょっと驚かせてみたかっただけなの。」
「あぁ、そんなことわかってるよ。いいから泣くな。」
「だって・・・、血が、血がたくさん・・」
そう慌てているうちに気がついた。 「そうだ!私は治せるんだ!!」
「スコール、右手をだして!」
言うが早いか、スコールの右手を自分の左手の上に乗せ、右手でそっとスコールの手を包んだ。
「エスナ!」
手のひらの傷にめがけて、呪文を唱えた。淡く温かい光に包まれたスコールの右手はみるみる血が止まり、傷が小さくなっていた。もう一筋の傷跡が残るだけだ。リノアの後悔が一本の線になって残っているようだった。
「スコール、ごめんね。傷、少しだけど残っちゃった。イタズラしたくなったら、この傷を思い出すから許してね。」
気が付くと、また涙があふれ出てリノアの頬を伝っていた。
「わかっているから、もう泣くな。せっかく母さんの墓のまわりが、白い花びらでいっぱいできれいだったのに、赤い花びらも出来てしまったな。まぁ、いいだろう。」
目を転じてみると、花びら占いで引く抜いた白い花びらが、そこら中風に吹かれて散らばっていた。スコールの転んだあたりだけ白い花びらが血で赤く染まっていた。
「お母様、怒っているよね。大事な息子を傷つけたって。」
そういうとまた新しい涙がポロポロと頬を伝っていった。
「大丈夫だよ。怪我をしても、いつでも治してくれるリノアが付いているって安心してるさ。リノアはリノアのやり方でみんなを守っていくんだろう?リノアしか持っていない魔女の力で守っていけばいいんだ。わかったか?」
「うん。花びらなんかに聞かなくてもホントはわかっているんだ。この力でみんなを、そしてスコールを守っていけばいいんだよね。魔女の私が自分の力を信じて良いことに使っていけばいいんだよね?」
「そうだ。魔女の力を恐れることはないんだ。騎士の俺がいる。それにママ先生も。だから優しい気持ちで、誰かのためにと思って使えば、お前しか救えない人だっているはずだ。そう思えばいくらでも強くなれる。」
「ん。わかった。私もお母様やエルオーネみたいにスコールを守っていくことも出来んるだね。強くならなくても・・・。ごめんね。もうすねていたずらしない。」
しおらしく反省しているリノアを見て、
「でも、リノアがすねないと言うことは有り得ない話だし、きっとまたイタズラするんだろう? いいさ、それがリノアなんだからな。」
「ん、もう!!」
温かかった風もどこか夕暮れの匂いを運んできて、少し冷たくなって来た。立ち上がったスコールは、リノアを抱き上げた。
「さあ、ガーデンに帰るぞ。もう涙は止まったか?」
「うん……。大丈夫。」
リノアはスコールの首に頭を埋めて頷いた。
「スコール・・・、大好き。いつでも私が守ってあげるね。」
「あぁ、頼りにしてるぞ。でも泣かずにやるんだな。」
「バカ!・・・」
首に回している手でスコールの後頭部をぽかっと叩いた。
「イテ!そんなことすると放り投げるぞ。」
「平気だも~ん!ギュッとしがみつくから。」
遠ざかるリノアの明るい笑い声が、いつまでもレインのお墓に響いていた。
そして白い花びらと赤くなった花びらが、いつまでも春の夕暮れの風に舞っていた。
-fin-