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州子さまがみてる

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州子さまがみてる


 声高な私語や、どたばたと走り回ることを禁止していたとしても、ある程度以上の人がいれば、廊下というのはどうしても騒がしくなるものである。そんな、やむをえないざわめきの中、道子はゆっくりとした歩調で歩いていた。
 背筋は伸ばし、目線はまっすぐに前へ。スカートはなびかせることなく、さりとて老婆のごとき遅い歩みでなく。声をかけられれば、にこやかに応対するも、けして声高になることなく。国の主要な事業のなかでも、さらに中心といえる高速旅客鉄道の一翼を担う存在として相応しい姿だった。
 在来からの挨拶に応えた後、彼女は再度目線を目的地方向へと戻す。瞬間、ほんの少し乱れた。肩に力が入り、手にしたノートと書類の束の角が角度を変える。近くの部屋から出てきた女性の姿が原因だった。
 誰にもわからないほど小さな動作で呼吸を整えると、道子は歩き出した。彼女の表情が、先ほどに比べいささか緊張しているなど、誰が気づくだろうか。――彼女を除いて。
 運悪くというべきか、運が良かったというべきか。かの女性――州子は、すぐに道子の姿に気づいたらしい。
「ごきげんよう」
 緊張をにじませた声で、道子はそう口にし、頭を下げた。州子はあらと笑みを浮かべると、同じように道子に返す。そして、そのまま通りすぎようとした道子の前に手を伸ばした。はっとした表情で道子は足を止める。胸に抱いたノートと書類をぎゅっと抱きしめた。
 道子は州子に向き直った。何でしょうかとおそるおそる尋ねる彼女の襟元に、にこやかな笑みを崩さぬまま州子は手を伸ばした。ほんの少しおびえたような表情がよぎる。
「タイが曲がっていてよ」
 白魚のごとき指先が、道子の襟元を這う。道子は息を呑んだ。
「それと。ああ、こちらはなおらないのね」
 ゆびさきは彼女の頭へと移動した。ほんのひとふさだけ、ぴんとはねた髪に触れ、離れていく。
「……あの、癖毛なので」
 もうしわけありません、と。蚊の鳴くような声で口にし、道子は頬を染め俯いた。
「ごめんなさいね。無理を言っているわけではないのよ」
 道子は、いよいよノートと書類を抱く力を強くする。州子はそっとそのてのひらに、自らのそれを重ねた。そして、書類がと穏やかに口にする。
「もうしわけありません!」
 勢い良く頭をさげるさまに、州子は困った子ねと道子以外には聞こえぬ小声で口にする。
「貴女は私の大切な妹なのだから」
「……はい」
「惑わず誇り高く、けして不要な隙を見せることなく。日本の旅客輸送の頂点に立つ存在として相応しい振る舞いをして頂戴ね」
「はい、ご指導ありがとうございます」
「あらあら」
 そんなにかたくならなくてもいいのに、と。そう口にした後、まあいいわと州子は一歩引いた。そして、それじゃあと口にし、踵を返す。その後姿に、再度道子は、ありがとうございますと口にする。
 その後、自らも踵を返し、思わず小走りになりかけた足を抑えた。上に立つものとして相応しい振る舞いを。ぎり、と、奥歯を噛み締めた。その後、顔を上げ、穏やかな歩調で歩き始める。
 ただ、表情だけが、州子と会う前のものとは違っていた。

fin.
作品名:州子さまがみてる 作家名:東明