The two hearts in the rain
雨がうっとうしい季節になってきた。
傘の向こうで世界を白く分割する雨を見ながら、ぼんやりとした思考を流す。
雨が嫌いな訳ではない。ただこう毎日雨だと飽きもする。
塾の講義の内容を考えていたら少し遅くなってしまって、燐は帰ってしまったようだったから雪男は一人で学園からの帰り道を歩いていた。いつも鍵を使った移動だから、たまには運動するのもいい。
ふと傘を傾けて、前方の視界を開けた。
別になんということもない。ただの気まぐれだった。
「あ…」
鮮やかな朱色の髪が目に飛び込んできて、思わず小さく声を漏らす。
小さな煙草屋の屋根の下に、困ったような顔で立つシュラがいた。
「…何してるんですか」
「お、雪男じゃん!ちょうどよかった」
嫌な予感しかしなくて顔をしかめれば、シュラが眉尻を下げて笑った。
「や、燐の修行みるついでに下着買ってきて帰るとこなんだけどさ、降られちって~。傘寄越せとか言わないからちょっと校舎まで送ってくりー」
「………確かに校舎と寮なら校舎の方が近いですけど……」
「ほらほらー燐の面倒見てあげてるあたしにちょっとくらい感謝の意を表してだな、」
「貴女のことだから兄さんはほとんどほったらかしにしてるんでしょう、どうせ。…はあ。しょうがないな…はい」
「んにゃ?」
「…早く入ってください。学園まで送ります」
傘を差し出しているんだからわかれよ、と首を傾げるシュラを若干腹立たしく思いもするが、八つ当たりもいいところなので何も言わない。
「助かるわー、にゃっははは、なんか悪いね~!」
「悪いと思ってないでしょう……」
「いやいや、思ってるって。あ、お礼にあたしが買った下着見せたげようか」
「結構です」
「意地張んなよ、むっつりメガネ~。ほらほら、気にならないのか?」
「パワハラはやめてください、シュラさん」
「ひっひ、オカタイねぇ」
「はあ………」
本当になんでこの女性はいつもこうなのだろう。
自由奔放で気まぐれで。
ひとしきり雪男をからかって満足したのか、横を歩くシュラはおとなしく黙って周りの景色に目をやっている。
その横顔を見ていると、あんたなんかには興味ないと言われているような錯覚に陥って、思わず衝動的に柔らかな腕を掴んだ。
「?!…!?」
目を丸くするシュラが見えて、満足感と微かな後悔に心は溺れた。
そっと唇を離して、ごめんなさいと呟きながら抱きしめた。
「すみません…ごめんなさい」
本当に伝えたいのは謝罪じゃなくて。
あいしています、という一言なのにな。
あいしてる。言えないくらい、愛してるんです。
落とした鞄を拾って傘を元の高さに差せば、途端に世界の音が響いた。
「さて、行きましょう、シュラさん」
「……雪男」
「なんですか?」
「…お前は「謝っても許されないかもしれません。こんな言葉は傲慢かもしれませんが、さっきのことは忘れてください」
「……」
「忘れて、ください」
強気な口調に反してそろりとうかがうようにして髪を撫でるてのひらと笑顔に、あいつがなぜか重なった。全然、違うのに。
「あーあー、ほんと、でかくなっちまいやがって」
「へ?」
「昔はあーんなにちびっこくて、いじりやすくて、可愛かったのになあ~…」
「…いつまでもいじられたくありませんよ…」
「ま、図体ばかりでかくなってもまだまだあたしにいじられてるけどな!にゃははっ」
「…!!そんなことありませんよ…!」
「お、着いた着いた。どうもなー」
「え?!」
学園に近くなってもう傘がなくても気にならない距離まできて、シュラは一歩踏み出し雪男の傘の下から飛び出した。
少し雨がうっとうしいが、屋根までは数歩の距離だ。
「あ、シュラさん!」
「ん?」
ちょうどたどり着いた時に呼ばれて振り向く。
「はい。濡れてるので使ってください。風邪ひかないように」
さっと軽くシュラの髪を拭いた後で差し出されたハンカチを受け取れば雪男は笑ってそれじゃあと言った。
「ん~…」
几帳面な雪男らしく綺麗にアイロンがけされた白いハンカチと、雨の中寮に帰っていく雪男の背中を重ねてみる。
このカッコつけめ。そんなスマートさ、どこから借りてきたんだか。
ほんと、親子って厄介だよ、馬鹿師匠。
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The two hearts in the rain
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(つかず、離れず)
作品名:The two hearts in the rain 作家名:暮葉弥