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さあ緩やかに時を刻もう

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「ねーねーシズちゃん」

台所で野菜をぶつ切りにしていると、後ろからぺたぺたと裸足で歩く音がして、臨也が声をかけてくる。

「なんだ?」

返事ついでに振り返った。

「シズちゃんに抱き着いてもいいかなぁ?」
「…言いながら抱き着いてんじゃねぇか」
「俺ねーシズちゃんの筋肉大好きなんだよねぇ。なんていうの?筋肉のつき方?みたいな?すっごい好き。」
「あ゛ぁ゛?」
「それとそういう苛立ったときの少し低い声とか起きたての掠れた声とかも大好き。ぞくぞくしちゃう」
「………わりぃ。ついていけねぇ。行く気もしねぇ。」

俺の意志とか総スルーかよ、と思う。
全く…いつもいつも人の話聞かねぇやつだ。
どっかに便利な青い猫型ロボットとかいて、ホンヤクコンニャクくれねぇかな。対臨也用の。

この不毛な言葉のやり取りにちょっと疲れて、息を吐きながらヤニが染みになってしまった天井を仰いだ。

臨也はといえば、俺の背中に手を回して全身密着させた状態で幸せそうにまったりと和んでいる。いや、こんなところで和まれても困るのだが。

「おい、どけよ。腹減ったんだろ?」
「…んー?そうだねー。でも我慢できるっちゃできるし」
「手前…」

あ、シズちゃんが溜め息ついた。怒んないでほしいなぁ。

「んーごめん。でも空いてるっちゃ空いてるんだって。シズちゃん怒んないで?」

ちょっと上目遣いかつ少し首を傾げて眉を寄せて、つまりシズちゃんの好きそうな仕草で謝ってみる。
シズちゃんは目元を緩めて仕方ねぇなぁみたいな顔をしたから、これで正解。

「シズちゃんに抱き着いてるのって気持ちいいんだもん。あったかいし。
…あとさぁ、シズちゃんに頭撫でてもらうのも好き。気持ちいい。
…好きな相手にさぁ、頭撫でてもらうのって幸せだよね」
「…その感覚はよくわかんねぇけどな」

そんなことを言うから軽く頭を撫でてやったら、わかりやすく嬉しそうに笑うから、なんともいえない気分になった。
なんて言うんだ、これ?この、口がもにゅっとするような気まずいようないたたまれないようなかんじは。

「…テレビでも見てろよ」
「せっかくシズちゃんがいるのに勿体ない」

即答すれば、わかりやすくちょっと照れる君。可愛いよね、ほんと。

「シズちゃんってさ、エプロン案外似合うよねぇ」
「んだよ、皮肉か?」
「違うよ、素直な感想。ちょっとときめいちゃう」

あはは、と嘘くさく笑う臨也の真意がわからなくて、眉をひそめた。

「ねぇ、何作るの?」

やっと離れた臨也が俺の手元に転がる野菜を覗き込みながら尋ねた。

「…シチュー」
「え、なにそれ、超家庭的!あはは似合わない!」
「手前刺すぞ?!折角俺が手前の為に…!」

臨也の為に?

自分で言った言葉が予想外にこっ恥ずかしくて、思わず口をつぐんだ。

「ごめんごめん、シズちゃんごめんって!」

にやにやしながら謝る臨也は、しっかり俺の発言を記憶したんだろう。くそ、失敗した。

「うん、ありがと。シズちゃんは優しいね」
「…るせぇよ」
「本当に俺のこと好きなんだね」
「うるせぇっつの!手前本当黙れ刺すぞ?!」
「シズちゃんてば顔赤ーい」
「あああああ!!」
「俺も好きだよ?」
「………………」

こいつ有り得ないくらい恥ずかしいやつだ。

「俺も手伝うよ」
「………おぅ」

それでもやっぱり俺の横で上機嫌そうに鼻歌歌って腕まくりしてるこいつが、認めたくはないが、可愛いと思ってしまっているのは、事実、なわけで。

「わ、ちょっと?!」

乱暴に黒髪を掻き回すと、臨也の文句じみた言葉が返される。
この戯れも、ちょっといいな、とか、思ったりして、余計、恥ずかしくなった。





さあ 緩やかに を刻もう

もっともっと 君を教えて?

作品名:さあ緩やかに時を刻もう 作家名:暮葉弥