イメージカラー
さっきみんなと話してたんだけど、と前置きして、フッチの部屋へ入るなりシャロンはそう言った。
(男の部屋へ気軽に入るな)(ノックをしろ)──そう思ったけれども、このお嬢さんに対し無駄であることを実に骨身に沁みて経験しているフッチは、ため息を心の内でひとつ。中ほどまで読み終えた書物を閉じながら続きを促した。
シャロンはお気に入りらしいベッドの定位置へ座り(これも以前散々注意したが無駄に終わった)、足をプラプラと揺らしながらフッチを見つめ、至極真面目な顔で
「地味だよね」
そう見事に鋭利に言い切った。
「……えーっと、どうも?」
フッチはこれにどう反応したものかと、数瞬言葉に詰まるも、『落ち着いたアースカラー』と称したいのだと解釈する。
フッチってエムだよね、と心なしか蔑むような冷えた目で下されたシャロンの不本意な評価に反論する間もなく、重ねて畳み掛けられる。
「髪の色も茶色でパッとしないし」
ひとつ、
「ファッションセンスもイマイチだし」
またひとつと指折り挙げられてゆく。片手で足りなくなったところでフッチの心は折れた。
「あの、そろそろ凹んできたんだけど」
そんなフッチの心情をよそに、シャロンは「次はフッチの番だ」と言わんばかりに石榴の眸をキラキラと輝かせ、言葉を待った。
シャロンのイメージカラー──これはもう考えるまでもない。彼女を見るたびにいつも感じているのだから。その鮮烈さ、その尊さを。
「お嬢さんは、金色かな。ありがちだけど」
なぜかシャロンの目を見つめることは憚られて──遠く正面の壁へ視線を移しながらフッチは言った。最後に微かな苦笑を浮かべて。
「ム。ありがちって何さ」
『ありがち』という言葉に気分を害したのか、シャロンは頬を膨らませて抗議した。
「ああ、ごめんごめん。そういうつもりじゃなくて──そう、みんな言うだろう? 僕は、ミリア団長やヨシュア様に次いで君のことを誰より知っているはずなのに、同じことしか言えないのはちょっと悔しいな、て」
シャロンについてはそう、きっと誰に聞いても同じ答えが返ってくるに違いない。彼女の煌めく金の髪それだけでなく、その存在自体が鮮烈に輝いている。ワガママいっぱいに好き勝手に周囲を引っ掻き回してゆくけれど、それを本当に嫌う者などいなかった。団長の娘ということを抜きにしても、シャロンは皆に愛されていた。夏の日差しのような光に皆が惹かれていた。
だからこそ、フッチだけのシャロンを見出したかった。これは独占欲だろうか。
「そ、そうだよ! ちょっと気の利いた表現ひとつ出来ないなんてさ! レディに対する礼儀がなってないよね!」
フッチのささやかな独占欲を感じ取ったシャロンは、頬を染めきょろきょろと忙しなく視線を彷徨わせながら、両脚の間で指を組み替えては絡めを繰り返しながら言った。赤い頬は怒りのためなのだと言い訳するように、最後は睨みつけて。
そんなシャロンをやさしくいとおしく見つめていたフッチは、くすと微笑んだあと、またひとつ。
「空を翔けているときの射すような眩しさとか、君に似てる。太陽みたいな君がすきだよ」
今度は真っ直ぐに視線を絡めて大切に言葉を紡いだ。
「な、も、あ、ありきたりだよね! 捻りが足りないよ!」
シャロンは思わずベッドから立ち上がり、フッチの目の前へ人差し指を突きつける。
「そ、それに好きとか軽ーく言っちゃってさ、」
羞恥に耐え切れなくなったのか、勢いをなくしぼそぼそと呟きながら、シャロンはことりと顔を下ろした。
フッチは意外なものを見たというように目を瞬かせ、そうしてまたくすと微笑む。
「僕が君を好ましく思っていることは事実なのだけれど」
ワガママ姫っぷりには手を焼かされるけれどね、と言ってフッチはシャロンの手を取った。騎士のようにくちづけることはしないけれど、このいとおしさが伝わるように。
ひくりと上げた顔をこれ以上ないほど紅潮させたシャロンは、思い切りフッチを睨みつけ、ひとしきりブツブツと罵った。そんな言葉にさえ嬉しそうにフッチが笑むものだから、シャロンは悔しそうに口を尖らせる。
「フンだ。ボクの気持ちなんて全然判ってないんだから」
「ん?」
「べっつに!」
(ああ、フッチなんかに負けるなんて!)