数十年分の愛してる
騒がしい、と感じる位賑やかな大通りを歩いていく。
目指す場所は、あの人の眠るあの場所。
街も、人も、景色は全てが移りゆく中でも、
(あの場所と、そうして)
(あの人だけは、変わらないのだろうかー)
目を瞑れば、何時だって甦ってくるあの人の顔。
ひろ、と呼びかけてくる声はいつまでたっても変わらない。
追いつきたくて、ただ必死だったあの頃は、あの人の背中ばかりを追いかけていた。
(名前を呼んで、ただ走って、走って)
(刹那の幻であったかの様に、直ぐに過ぎ去るあの人を何とか引き止め様と躍起になっていた)
「―赤木さん!」
まるで馬鹿の一つ覚えみたいに、ただあの人の名を呼んで、呼んで。
(そうでもしないと、怖くて堪らなかった)
(いつか、そう、いつの日か)
(あの人は、さよならも無しに何処かに行ってしまいそうな気がして、)
そんな醜い、臆病な一面もきっとあの人は知っていた。
知っていて、傍に居させたと思うのは僕の勝手で都合の良い考えだろうけど。
それでも、
「嬉しくて、仕様が無かったんですよ。僕は」
大分削れてしまった墓を目の前にぽつりと呟いてみる。
相変わらず、供え物で埋もれている墓を見回してひっそりと苦笑を浮かべた。
少し萎れてしまっていた花を、持ってきた物に入れ替える。
花を手向ける為にしゃがんでいた体制のまま、墓を見上げた。
「貴方が僕を、好きでも嫌いでも」
(貴方は、僕を傍に居させてくれた)
(僕の、傍に居てくれた)
(それが、)
「僕にとっての真実で、僕にとっての幸せだった」
(我侭でもいい、だけどもう少しだけ傍に居させてください。)
(心の中で、いつもそう懇願し続けた、)
「・・・貴方の事が、好きなんです」
生前、貴方は一度も僕の愛の言葉に答えてはくれなかったけど。
それでもいい、と思ったんです。
(貴方に会って、貴方に恋をして、)
(見返りを求めない、無償の愛と言うのを信じてみたくなった)
「ずっと好きで堪らなくて、もう貴方が亡くなって随分経つのに、」
(ずっとずっと想っている、)
(いっその事、)
「・・・・全部、忘れられたら良かったんですけどね」
自分で言って、苦笑い。
どうせ、それも無理な話だろうと僕は知っている。
「きっと、無理だろうから・・・このまま貴方を愛し続けようと思うんです」
自分が許す限りを尽くして、この思いを抱え込んだまま生きようと。
馬鹿だと言われれば上等だと返してやろうと決めた。
(一生の中で、一番の恋だから)
(散って終わらせたく無いんです)
「だから、」
(もう少しだけ、)
「待ってて下さい」
(いつかそちらに言ったら、数十年分の『愛してる』を聞かせて上げますから)
(覚悟、しといて下さいよ)
言いたい事を全部言ったら何だか気が楽になった。
晴れ晴れした気持ちで立ち上がると、
『-そりゃあ、楽しみだな・・・・待ってるぜ』
ひろ、と言葉が戸切れた瞬間、後ろを振り向いても誰も居なかった。
幻聴かと思ったが、それはあまりにも優しくて耳慣れた声で、
「赤木さん・・?」
思わずそう呟いてみても、勿論返事は無い。
けれど、それでいいのだと思った。
ふっと口元に笑みを浮かべて瞼を閉じれば、瞼の裏に浮かぶのは懐かしいあの人の姿。
(では、また会いに来ますね。赤木さん)
心の中でそう呟くと、瞼の裏のあの人が少し微笑んだような気がした。
そうしてその後立ち去ったひろゆきの後ろに優しげに、愛しそうに彼を見守る姿があった事は誰も知らない。
数十年分の愛してる
(いつか、貴方に会えるのを願って)