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【ヘタリア】Ave Maria#00【黒鷲主従】

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 そういえば、国になるそうですよ。
 常と変わらず優雅な仕草で茶を啜り、白磁の肌に繊細な装飾が施されたカップを音もなくソーサーの上に置くと、ふと思い出したような気のない調子でオーストリアが口を開いた。
 唐突に投げかけられた言葉はあまりに端的で具体性に欠ける。添えるべき主語はまるきり削られ、常の貴族然とした丁寧な物言いをする彼にしては珍しくぶっきらぼうな水の向け方であった。
 いったい何の話だ、と戸惑うのは当然で、返事に遅れたのは無理からぬことだろう。事前になにかしら話題があった上で話を振られたのならばともかく、いつもと同じように茶会に呼ばれ、顔を合わせて挨拶を交わした次がこれでは言葉が足りないにも程がある。話の筋を推測するのも至難の業だ。
 だが、誰と名を言わずともわざわざ『国』と言葉を選んだあたり、おそらく話題の主は自分たちと同じ存在であるのだろう。
 数多の想いを束ねて生まれる、人在らざる者。
 統一された理念に集いし人々の意志が、彼らの形をなして具現した存在、国家の体現。
 先ほど未来時制の形を取ったオーストリアの言葉を鑑みれば、新しい国ができるという話なのだな、と神聖ローマは思う。しかしいったいどこに?──頭の中で大陸の地図を広げた帝国の化身はしばし考え込んだ。
 欧州に国は数在れど、大半はささやかな自治権を有する小国であり、それらは大抵いわゆる大国と称される特定の国々の属領となっている。ハプスブルク家の血脈を上司に据えてドイツ諸邦を統べる神聖ローマ帝国しかり、西にフランス、東にポーランドなど名だたる王国が版図を広げているのが現状だ。『国』の本能とも言える領土欲は衰えを知るどころか強まる一方で、際限が見えない。
 互いが互いを取り込もうと牽制し合い、隙さえあればこの身を掠め取ろうとする不埒な輩が跋扈する。隣国との境界線を書き換えようと策謀が巡らされるのはしばしば、その結果諍いが起きるのももはや日常茶飯事であった。──そんな中、新たに国が生まれる場所などあるのだろうか。
 考えながらイタリアの手製だという焼き菓子を囓り、カップに残していた茶を含む。さほど時間は経っていないように思ったのだが、思案に沈んでいた間に茶はすっかり冷めてしまって渋味だけが舌に残った。ふと見遣ればオーストリアもまた同様であったらしく、形の良い眉をひそめてカップの中を覗いている。
 口に残る渋味を甘味で緩和させたい狙いはあった。もう一枚、と砂糖とバターの甘い匂いに釣られた神聖ローマが菓子に手を伸ばしたのと、柳眉を寄せたままオーストリアが再び口を開いたのは、ほとんど同時であったのだろう。
 淡々としながらもどこか苦みを帯びた声が、不意にとある名前を綴り耳朶を打つ。
「……ッ、」
 息を呑んだのは束の間。
 刹那、指で摘んだ菓子がほろりと砕けて膝に落ちた。


    * * *


「これまで散々お下品な真似をしていましたから今さらとも思えるのですが……世俗に戻ることを決めたそうです。ポーランドに恭順を誓い、公国の称号を許されたと聞きました」

「名も改めて、向後は『プロイセン』、と──…」


 漠然と、いつかこの日が来るのを予感していた。
 此処(ドイツ)より遠く離れた異国の地にひとり生まれ、修道会の象徴として育ちながら、聖地奪還の行軍半ばで帰国せざるを得なかったこの身に代わり異郷に残った民を守護するべく騎士となった、幼い『国』の雛。
 信仰篤く神に仕えることを喜びとし、ゆえに十字軍解散後はその存在理由を失いかけて傭兵まがいの行いもしたのだろう。土地を持たず『国』となれない化身には、他者の求めに応じて居場所を作るほかに生きる術がなかったのだろうから。
 ……だからこそ、「もしも」と神聖ローマは益体もない考えを抱いてしまう。
 十字軍の折、もし上司を失わずにいられたなら、今頃あの子供は自分の庇護下で小さいながらも国として在れたのではないか──と。
「それこそ今さら……か」
 所詮それも夢物語に過ぎないことは承知している。まろい頬の輪郭を苦笑で歪めながら神聖ローマはひとりごちた。
 時はすでに遅く、機は失われた。今や帝国の権力はその化身たる自分よりも盟主であるオーストリアに拠るところが大きい。たとえ今あの小さな騎士団を己の下に呼び寄せることができたとして、自分は彼に何を与えてやれるだろう。一番の望みと思しき願いは、到底叶えてやれそうにないのだ。
 ──だけど。
 せめてその身に幸あれと願い、心ばかりの祝いを贈ることくらいは許されるだろうから、
「……おまえに神の祝福があるように」
 久しく捧げていなかった祈りの詞を紡ぎ、神聖ローマは侍従に揃えさせた黒衣に唇を寄せた。