雨降りの晴れ間
だけど朝学校に来るときは見事な青空で、とてもじゃないけどその予報は信じられないし、傘なんて持っていくはずもなかった。
しかし天気は一変。午後から急に雲が増し、予報は的中。ざーざーと音を立てるほどの大雨となった。
「うわー…」
それは今も降り続き、寮に帰ろうにも帰れない状態だ。
どうすんだよこれ。傘なんて持ってねぇぞ…。ちくしょう、天気予報信じればよかったな…。
濡れて帰ると服乾かすの大変だし、寒いし、気持ち悪いしで嫌な思いしかしねぇんだよなー。
でもいつ止むかも分からないこの状況ではやむをえねぇか…。
腹くくっか、とかばんを頭に乗せて外へでようと足を踏み出すが、近くから聞こえてきた馴染みのある声にぴたりとそれを止める。
「うわっ、土砂降りじゃん!まだ降ってたのかよー…」
声のする方を向くと、そこにいたのは同じく「どうしよう…」と困惑した表情を浮かべて佇む音也だった。
傘を持っている気配はないので俺と同じ状況なのだろう。
「よっ!」と声をかけると、「翔!」と少し驚いた様子でこちらを振り向いた。
「お前も傘ねぇの?」と聞くと、予想通り「うん、持ってこなくてさー…」と苦笑いを返す。
「この雨の中どうやって帰るか考えてた」
「俺も俺も」
そう相槌を打ってから「ったく、降るなら朝から降れよなー」と我ながら理不尽な不満をこぼすと、「それすっげー分かる!」と同意の言葉が返ってきた。
「そうすれば俺達も傘忘れなくてすんだのに」と続ける音也に「そうそう」と頷く。
今頃降るからこんなことになってんだよなー。空気読めっつーの。
「つーか、どうやって帰るんだ?これ…」
「うーん…」
二人で大量の雨粒が降り注いでいる外を眺める。
止む気配はいっこうになく、いい加減このまま立ちすくんでいても意味がないことは理解していた。
だったら選択肢はひとつ。それに、最初からそうするつもりだったしな。
音也もきっとそう思っているはずだ。
「…走るか」
「…そうだね」
ぽつりと呟くと、読み通り音也もその提案に乗ってきた。
そうして「せーの」とどちらからともなく声をかけ、俺達はこの大雨の中に駆け出した。
「うわっ、びっちゃびちゃ!」
服から滴るしずくを見た音也が荒い息のまま驚きの声を上げた。
「あんな中走ってきたんだから当たり前だろ」と同様に肩で息をしながら返すと、「まぁ、そうなんだけどさ」と眉を下げて笑う。
窓越しから見てもすごかったけど、実際にその中を走るとそれ以上に感じるほどの大雨だった気がする。
でもまぁ、無事寮に着いたし一安心か。全身びしょ濡れだけど…。
「濡れると色々大変なんだよなぁ…」と濡れた服を触りながらため息を吐くと、「確かに…」と音也も苦笑を漏らした。
「でも、楽しかったぜ。お前と雨の中走るの」
先ほどとは違いにっこりと明るい笑顔を浮かべた音也がそう呟く。
意外な言葉に「そうか?」と聞き返せば、「うん、すっげー楽しかった!」と満面の笑みでそうこたえる。
その表情に偽りはなく、いかに楽しかったのかがひしひしと伝わってきた。
俺が言うのもなんだけど、音也はすぐ顔に出るし、そのうえ素直なやつだから感情が手に取るように分かる。
だからこいつが喜んだり楽しそうにすると、なんだかこっちまで同じ気持ちになって心がぽかぽかと暖かくなってくる。
隣にこいつがいるとすげぇ落ち着くし、一緒にいてとても楽しい。本当に不思議なやつだ。
…思えば、土砂降りの雨の中を走ってるときもぎゃーぎゃー騒ぎながらだったから、なんか寮に着くのがあっという間だったな。
走ってる最中もずっと笑ってたし。雨に打たれて嫌なはずなのに、そんな気は全然しなかった。
(いつの間にか、それが当たり前になってたのかもな)
言われなければ気づかない、当たり前の幸せ。
隣にこいつがいて、一緒に笑って、一緒に騒いで、嫌なことまで楽しいことに変えてしまう。
改めてこの幸せに気づかされ、自然と笑みがこぼれた。
「俺も、楽しかったぜ」
お前と一緒だったから。
素直に思っていたことを告げると、音也は心底嬉しそうに眩いばかりの笑みを見せた。
その笑顔はとても明るく輝いていて、こんな最悪な天気も、ずぶ濡れからくる不快感も、その他嫌な気持ちをすべて吹き飛ばしてくれるように思えた。
実際、こいつといるとそんなことはもうどうでもよくなってくる。
ただただ楽しい気持ちがこみ上げてきて、まるで晴天の青空の下にいるような気分だった。
「じゃあ、そろそろ帰ろうぜ」
ふいっと体の向きを変えてから俺の方を見やってそう言う音也に、少し名残惜しく思いながらも「ああ、そうだな」と返事をする。
外は相変わらずの大雨。その勢いはとどまることを知らない。
濡れた髪や服からはしずくがぽたぽたと落ち、床を濡らす。でも寒さは感じなかった。
きっとそれは俺達が暖かい雰囲気で包まれているからだと思う。
この場所がとても心地良くて、少しでもこいつと一緒にいたくて、俺の数歩前を歩いている音也の隣へ並ぼうと足を踏み出した。
END