俺の趣味。
「……臨也ぁ!」
屋上で一人昼食を食べていればなぜだか鉄パイプや金属バット等、打ち所が悪蹴れば即刻死を示す暴力を携えた不良達が入ってきた。どうやら俺がなにかした事になっているらしく、殺すだのなんだの言われて襲い掛かられて仕方なしに気絶をさせて食事を再開すれば酷く短く中に着込んでいる赤い瞳と同じ色をしたシャツが見えてしまう学ランを羽織った青年が立っていた。
「あちゃー。やっぱりこれじゃ足りなかったね、流石シズちゃんだ」
からからと乾いた笑みを浮かべたままこちらへと近付いてくる。真後ろはフェンス飛び越えても地上は遥か遠く、怪我には強いといえど耐えられる範疇を容易く越えてしまっていた。
「……また、お前か臨也!」
「こんな手の込んだ事なんて俺しかしないに決まってるじゃないか! 今更言うなんてよっぽどなにかに追い詰めらていたのかな?」
悠々と言葉を連ねる臨也はどこか楽しそうに両手を広げてみせ、まるで選挙の演説でも始めるんじゃないかというような芝居じみた手ぶりをしていた。
「ひとつ、今日のシズちゃんのお昼は買い弁です」
「あ゛ぁ?」
白い指が伸び上がって女の子達が写真に写る時にしそうな仕草に変えた。緩慢な態度にイライラし始めて拳を鳩尾にでも打ち込んでやろうと間合いを狭める為にこちらから近付いていく。
「ふたつ、シズちゃんは買ってから一度放置をしています」
かくんと視界が揺れた、何故だか倦怠感が身体中を巡り回って目を閉じそうになる。あとほんの少しで臨也を殴り飛ばせるのに力が入らなくて地面へと座り込む羽目になった。それを臨也は楽しそうに瞳を細めて、左手でフレミングの法則を作り上げて三を示せば口元に笑みさえ浮かべ始めた。
「みっつ、中にはクスリが入ってました」
死にはしないよ、と言いながら俺の腕をまとめ上げてしまえば紐で一纏めにされた。それも重要だったけども殴るか殴らないかのタイミングで効果が出るように計算をしていたのだろうか、と不思議でならなかった。
「あぁ、違うよシズちゃん。本当は不良にやられている所を助けようと思ったんだけど ね、こんなに早く突破されてしまうのは計算違いだったからこうなっただけさ」
赤い眼を爛々と光らせた臨也はそれこそ小躍りでも踊り出すのでは、といった勢いで満面の笑みを浮かべて顔に指を這わせてきた。人とは思えない残忍な性格で自分さえ楽しければそれでなんら構いやしなしない享楽主義者、そんな人外にも人の血が流れて温かいものなのかと至極どうでもいい事を考えていた。紐を腕で引きちぎりたくても力が入らないのでする事がまるでないのだ。
「なんなんだよ、お前は!」
「……人間が大好きで情報収集が好きな一介の学生さん?」
「はァ? 手前は冗談が相変わらず好きだな。いい加減しろよ、それにこの紐外せ」
紐で戒められた腕を揺らせばまるで見えていないといった風に顔を近付けてきた。
「……やだね。だってシズちゃんこういうの好きでしょ?」
「莫迦も休み休みに……っ!?」
これ以上言葉を紡ぐのを許してはくれなかった。叫ぼうと、罵ろうと半開きになった口腔に生暖かい臨也の舌が入り込たのだ。それは人の昼食の味でも味わいたいのだろうかと錯覚させられるくらい緩慢な動作で歯列を舐めたかと思えば反射的に奥へと追いやった俺の舌と交わりたいのか、のど奥にまで侵入してくる。
「……っ、ぁ。やめ、……っ、ん…くっ」
漏れたのは風に吹かれれば折れてしまいそうにまで弱い声だった、しかも話した時に出来た舌と口蓋の隙間を狙ったかのように舌が掻い潜ってしまった。後はもう臨也が好きなだけ荒らして、飽きるのを待つしかないのでは、と甘く蕩けかけた頭の中で思考する。
「やっぱりいいな。シズちゃんと付かず離れずの関係でいるのを俺の趣味にしよう」
まるで恋人のように甘ったるいキスを終わればそれを惜しむように吐かれた銀糸を口を拭う事で切った臨也は何事もなかったように屋上から去っていった。