きみさりし
春から夏へ、秋から冬へ。
ぐるぐると、零れていくものを振り返り拾う余裕もないままに。
気付けばぽっかりと出来ている穴には、一体何がつまっていたのだろう。
「あぁ、今日も良い天気ですね」
「・・・・・・そうだな」
縁側に腰掛けてぼんやりと庭を眺める彼の隣に腰掛けて、小さな呟きに声を返す。けれど、彼はまるで何も聞こえていないかのように、真っ直ぐ庭を見つめ続けたまま。
・・・まるで、もなにも。
本当に聞こえていないのだと、知っていて相槌を打ったのはギルベルトの方だ。
(何で俺は、ここにいるんだろうな)
存在が消えてしまう、というのはとても不思議な感覚だ。
国が消え、人々の記憶からも名が消えていき、最後には身体が消えてしまう。では、ここにいる自分は何なのか。ゴースト、と呼ばれる存在なのだろうか。
意志。
心。
記憶。
持っているものは何一つ実体を持たないものばかり。大切なものに触れることすら出来ないのでは、この場所に留まる意味がどれほどあると言うのだろう。
漆黒の瞳は、この姿を捉えない。
言葉一つ、届けることも叶わない。
(お前は、俺のことなんて忘れているんだろうに)
ギルベルトという名の知人がいたことなど、記憶の片隅にも残っていないはずなのに。
「お前は、何をしているんだ」
日々を淡々と、何事もなかったかのように生活しているように見える彼は、けれど時折何かに躓いたかのように瞳を曇らせて立ち止まる。
ぼんやりと外を眺めては、溜め息を零す。
その瞳は一体何を映したいのだろう。問いかけたくても、問いかける術を持たない。蹲る彼の手を引くことも、出来ない。
何処か、ほんのひとかけらでも、彼の心の中にギルベルトの存在があるのだろうか。
だとすれば。
「菊」
それはとても、とても哀しいことだ。
「忘れてもいいんだ、菊」
忘れるべきなんだ、そう思いながら頬に指を伸ばしかけて、辿り着く前に引き戻した。
(だって、お前は)
以前よくそうしてやったように、そっと髪に触れて口付けを落とす真似事をしてみても、彼はぴくりとも表情を変えずにいる。
昔であればくすぐったそうに笑う彼の笑顔が見られたのだろうに。
ギルベルトは彼に触れることは叶わないのだから、きっとあの表情はもう見られないのだろう。
(俺のいない『明日』を生きていくのだから)
さわり、と風が動く。
さらりと髪が弄ばれて、つられるように空を仰げば澄んだ青空がひどく目に沁みた。
「なぜ、でしょうね」
いつもどおりの日々を送っているはずの今日が、とても哀しくてたまらなく思う。
・・・哀しく思う理由など、何処にも存在していないのに。