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脳無し案山子が人の子に語らない夢

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 青い夜と同じだった。否、あの日の夜より濃厚な、悪魔が形を得る時の澱みだと思った。


 コールタール程度の低級の悪魔ならば元より夜のアッシャーには漂っているものだった。しかし“見える”のは魔障を受けた者、先天的にそのような目を持っている者、そして幼子だけだった。見えない者には見えないまま、害さえなければ祓魔師達はいちいちその程度の悪魔を祓うことはない。
 しかしゲヘナ・ゲートが開く時、その低級の悪魔であるコールタールやホブゴブリンが大量に発生し、すべての人間、本来は見えない者にまで悪魔の姿が視認出来るようになってしまう。
 ゲヘナ・ゲートが開く。まず小さな綻びを抜けられる低級の悪魔が大量に溢れ、漏れ出るゲヘナの力とアッシャーの夜の力で、実体を得る。物質界において物質で在れるようになる。
 逃げ惑う人々に力はない。神にすがり悪魔に喰われる弱い人の子ら。それらを守るのだと指示を出す主人の後ろ姿をモールキンは見た。
 ふたたびの青い夜は十六年前よりも激しかった。門はじわりとその口を開けてゆき、噴き出す悪魔はその数と力を増してゆく。
 悪魔は互いに決して分かり合わないし馴れ合うことはない。協力することも阻むこともない。モールキンは長友の使い魔であるから、その命によってのみ、対峙した相手を薙ぎはらう。
 しかし同じ魔の側にある以上、悪魔の狙いや意志はうっすらと伝わってくる。モールキンは悪魔の狙いを知っても、人間に語る言葉を持ち得ない。

 ――ゲヘナとアッシャーの隔てをなくし、新しい世界を作る。

 ゲヘナを統べる王の望みはいつか聞いた幼子の泣き声にも似ていた。人の子らよりずっと強大な力を持つ王であるのに、触れるだけでそれらを打ち捨てられる王であるのに、人に触れようと願った結果は混沌しか生み出さない。サタンの願う声は伝わらぬ意志に、叶わぬ想いのもどかしさにぐずる子供のようだった。己が力に翻弄された、いつかの幼子。かの落胤がそうだったように。

 サタンの子らと、その親代わりだった人間。それがいなくなってからの修道院を守ってきたのは長友だった。
 モールキンは祓魔師の階級の名を知らないが、感じ取ることは出来る。いつもは少し背を丸めたような姿勢で笑う長友が、どんな襲撃にも背筋を伸ばし、周囲を指揮し、戦闘において最も危険な位置に己を置いたのをモールキンは知っている。同時に自分が弱い悪魔だとも知っている。長友の命に添いきれず、吹き飛ばされ、為すすべもなく主が他者に助けられる様子も見てきた。力及ばず打ちのめされ、唇を噛んだ夜も共にあった。

 サタンの願いを感じ取ってもモールキンはそれを語らない。ただ、考えるだけだ。もし、もしも、サタンの望む世界ならば。
 ゲヘナとアッシャーが混じり合う新しい世界ならば話すことも、自らの意志で人に触れることも、出来るようになるのだろうか。主を、長友を、呼ぶことが出来るようになるのだろうか。
 それは甘美な、それこそ悪魔の囁きにも似た夢だったけれど。それは決して人の子の望まぬ世界だ。
 小さな、しかし確実な悪魔の襲来から人々を守るべく主は戦う。物量では既に負けている。強いとは言えないその背を見下ろし、命を待つ。



 他者への祈りが人を強くする。悪魔は己が望みで強くなる。そして自分は悪魔だ。ならば自分は強くなることを己が望みとしよう。そうモールキンは思う。
 我が主は強くあろうと、人を守ろうと、両の足で地を踏みしめて立つ。この一本足も彼の人の支えとなれば良い。