HappyBirthday、琥太にぃ【郁琥】
…眠い。
溜まりにたまった仕事がやっと終わると、俺は重たい身を部屋の隅のベッドに倒した。
こう仕事が多いと、理事長なんて引き受けるんじゃなかった、と思うが、自分から言ったんだからしょうがない。
目を閉じると、ぬくもりに包まれたかのように温かくなった。
―――…
コンコンッ、と、ドアをたたく音が聞こえた。
おかしい、立ち入り禁止となってるはずなのに。
「やだなぁ、琥太にぃ寝ちゃってるの?」
この声に、俺ははっきりと目を覚ました。
「郁…何の用ぉ…ふぁあ……。」
「あくびしながらじゃ何言ってんのかわかんないよ。」
苦笑がもれる。
俺はなんとか状態を起こし、軽く伸びをする。
「…で、何の用なんだ?教育実習ならとっくの一年前に終わったはずだが?」
「今日は琥太にぃに二つ、用があってね。」
と一言言うと郁は俺の横に座った。
「…この学校…星月学院に就任が決まったんだ。」
「えっ…」
なかった。そんなはずなかった。
だって、ここの理事長は俺のはずだ。
だから、郁の就任を俺が知らないのにこいつが知っている、
なんて事があるわけがなかった。
「…俺は、聞いてないぞ…」
「うん、まぁつい最近、琥春姉さんに許可もらったからね」
郁は顔色一つ変えずに淡々と言う。
今の郁の言葉ですべてに納得した。
「…また姉さんは勝手に…」
仕事は俺に押し付けたくせに、俺の知らないとこでやりたい放題やって…。
でも、そんな姉さんのこと、俺は嫌いじゃない。
「俺の仕事は生徒の管理であって、教師の管理じゃないんだぞ。」
「ひどい言われようだなぁ。僕を陽日先生と一緒にしてない?」
「同じようなもんだな。」
郁とこんな下らないやりとりをするのも一年ぶりだった。
「…後は?用件は二つあるんだろ?早くしてくれ。」
そして俺は再びベッドに横になる。
重くなっていくまぶたを、なんとか持ち上げようと俺なりに頑張っていた。
『ガタっ…』
郁が動き出したのかと思ってとっさに郁の方を見た。
すると突然、唇からふんわりとしたぬくもりが広がっていくような気がした。
「…んっ…」
声を出そうと思ったのに、うまくでない。
…確か……前にもこんなことがあった気がする。
いつのことかなんて覚ええてないけど。
「…ふぅっ……」
やっとのことで息ができたかと思うと、
そこには、郁の寂しそうな、悲しそうな笑顔があった。
「…琥太にぃ……誕生日、おめでとう。」
俺の肩に郁の顔がスッとおさまる。
「また、『誕生日なんか祝われる資格なんてない。』とか思ってるんでしょ、長年の勘。」
そういってクスッと笑う。
義弟には俺の心は簡単に見透かせるみたいだった。
「何回も、何回でも言うけどさ、僕らはさ、琥太にぃに幸せになってほしいんだよ。」
優しい口調で郁は続ける。
「その気持ちは、僕なんかより、姉さんのほうが全然おっきいと思うんだ。」
気づくと自然に涙がこぼれていた。
「僕たちには、もう琥太にぃを幸せにするこはできないけど……、」
肩に一粒、水滴がこぼれた。
「笑顔でいてほしい…から……」
俺は、郁を、そしてあいつの想いを…
強く、強く抱きしめた。
END
作品名:HappyBirthday、琥太にぃ【郁琥】 作家名:ユーキャン