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水底にて君を想う 細波【2】

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細波【2】

 バベル本部の廊下。
 ポツリと落ちている葉書。
 ピンクに白レースの飾りが入ったそれは、花びらが落ちているようだ。
 窓から入ってくるそよ風がユラユラと揺らす。
 と、男にしては細く長い指がそれを拾う。
「……招待状?」
 皆本が拾ったそれは、結婚式の招待状のようだ。
 欠席、の方に丸がついている。
(誰のかな)
 何気なく、ひっくり返せば『賢木修二様』とある。
 友人からのものだろうか。
 賢木は男女ともに友人が多い。
 コメリカ時代から、人の中心にいることが多かった。
 そんな事を考えながら、何気なく差出人の名前を確認した。
「っ……」
『賢木治子』
 と書かれていた。


 賢木は欠伸を一つする。
 食堂の窓際。
 机の上では珈琲が湯気を上げている。
 夏に近付く陽気は、眠気を誘う。
 ましてや、昨日は長時間の手術をしている。
 特務エスパーと医者の二足草鞋は、さすがに無理があるか。
 体力に自信はあるんだがな、と賢木はもう一度欠伸をする。
 と、目の前に葉書が差し出される。
「あっ?」
 見覚えのある葉書だ。
 その先を追っていくと皆本が何やら不機嫌そうな表情で立っている。
「お前のだろ」
 言われて、慌てて白衣のポケットを探る。
 無い。
「廊下に落ちてたぞ」
「そっか、サンキュ」
 賢木は礼を言いながら受け取る。
「てか、座れば」
 皆本は何故か見下ろすように立っている。
 前の席を賢木が勧める。
「……なんで、欠席なんだ」
「ん?」
「お姉さんの結婚式だろ」
 未だに立ったままの皆本を賢木が見上げる。
 不機嫌というより怒っているのか。
 そう思いながら賢木は葉書を仕舞う。
「よく分かったな」
「コメリカの時に聞いたろ」
「あれ、そうだっけ?」
 賢木は首を傾げる。
 話した記憶が無い。
 まあ、皆本の記憶力ならちょっとした会話でも覚えているのだろうが。
「忙しいからな」
「忙しいって……」
 皆本はズイと顔を近づけてくる。
「有給だってあるだろ」
「皆本クンにはかんけーないしー」
「賢木!」
 茶化したような口調に思わず大きな声になる皆本。
 視線が集まる。
「あっ、いや」
 それに気付いて、皆本が慌てる。
 バベルの食堂。
 殆どが知り合いだ。
「ほら、座れよ。首が疲れちまう」
「……」
 皆本は仕方なく席につく。
「いいんだよ。俺が行かないほうが」
「賢木……」
 何気なく言う賢木。
 少しの沈黙
 躊躇いがちに皆本が口を開く。 
「……お前の事情は分からないけど、お姉さんは来て欲しくて葉書をくれたんじゃないのか?」
「ま、姉貴はな」
「なら、行くべきだよ」
 賢木は皆本の言葉に苦笑いを浮かべる。
 珈琲に口をつける。
 すっかりぬるくなっている。
 母親の顔が脳裏に浮かぶ。
 決して会いたいとは思っていないはずだ。
「お姉さんは、賢木を待ってる」
 言い切られた言葉に顔を上げれば、まっすぐな視線にぶつかる。
 あまりにまっすぐで、賢木は眩しそうに目を細めた。
 今、その手に触れたら、どんな声が聞こえるのか。
(ほんと、参るね)
 賢木は胸の奥でそう呟くと、葉書を取り出す。
 欠席のほうに二重線を引いて、出席のほうに丸をつける。
 皆本はそれを見て、ホッと息をつく。
「ま、顔だけでも出してくるさ」
「ああ」
 嬉しそうに笑う皆本。
 賢木もつられたように笑った。
 どこかで細波の音が聞こえた。