恋の味
休憩室に顔を出すと、何やらわいわい騒ぐ種島さんと山田さん、それに佐藤くんが居た。
「あ、相馬さん!佐藤さんから差し入れ貰っちゃった!」
ちびっこ達(と言えば彼女たちは怒るだろうが)に囲まれている佐藤くん。
嬉しそうにたい焼きを口にする種島さんは、さながら向日葵の種を頬張るハムスターの様で、小鳥遊くん程ではないが、『可愛いなぁ』なんて和んでしまう。
「どうしたの佐藤くん。せっかくのお休みなのに」
「暇だったからな」
「ああ」
要するに、暇潰しか。
俺の顔を見に来てくれたんじゃないんだぁと茶化せば、アホか、と一蹴された。
「山田、たい焼き大好きです!」
目をキラキラと輝かせて手を伸ばしたが、その手をぴしゃりと叩く佐藤くんの意地悪な手。
「何するんですか佐藤さん!」
「お前の分はない」
「さ、佐藤さん、山田に意地悪ばっかり…はっ!もしかして、好きな子程苛めたいと言うあれですか!」
「んなわけねぇだろアホ。お前を好きになるくらいなら、相馬を好きになった方がまだマシだ」
「えぇ…それは悲しめばいいのか喜べばいいのか…」
それにしても、山田さんと佐藤くんの会話はいつも軽快だなぁ。
聞いてるこっちが楽しくなる。
「それじゃあ、俺も頂こうかなぁ」
「あ、相馬、お前の分もない」
「えぇ!?何で!酷い!佐藤くんの意地悪!俺の好物だと知っていて…なんて恐ろしい…!」
「そんなの知らねぇし」
「はっ!佐藤くん、もしかして俺の事好きだから意地悪するんじゃ…」
「お前は山田か」
ぺしっと軽く頭を叩かれる。
佐藤くんったら、苛めるのは種島さんと山田さんだけにしておいてほしい。
「仕方ねぇな。今日だけ特別だ」
食ってもいいぞ、と残っていたたい焼きを俺に差し出してくれる。
優しい佐藤くんが、俺の分だけ買ってこないなんて事、ある筈がないのだ。
「やった!佐藤くん、ありがと~。有り難くいただきまーす」
掌に乗せれば、ほかほかと美味しそうな匂いが鼻腔を擽る。
かぷり、と一口齧り付けば、ふわりと口内を満たす甘ったるい刺激。
餡の甘み具合が程良くて、思わず幸せに顔を綻ばせる。
「そんなに好きか」
「ん?」
煙草を吸いながら、佐藤くんが俺に尋ねる。
そんなに美味しそうに食べていたのか、と少しの恥ずかしさが俺を攻める。
「うん、美味しいから、大好き」
照れ臭くて少しはにかみながら答えると、興味無さ気にふーんとだけ呟く。
そこまで気にする事じゃなかったな、と次は大きく齧り付いた。
と同時に、痛い程の視線を感じて、その態勢のまま視線の先を追った。
「…はに、はほーふん、」
(そんなに見られると、何か食べにくい…)
もごもごと口を動かすと、佐藤くんがポーカーフェイスのまま煙を吐き出した。
「いや、買ってきてよかったな~って」
「…うん、あひはと」
「ん。つか、喋るか食うか、どっちかにしろ」
行儀の悪さを指摘され、急いでごくりと飲み込む。
「はぁ、ちょっと喉詰まりかけた…ってか、これ何処のたい焼き?すっごい美味しいね!」
「ここからちょっと行った所の、新しく出来た店ので…相馬、動くなよ」
「へ?何?」
会話が不自然に途切れ、佐藤くんが俺の方に身を乗り出してきた。
思わず後退さる俺を、逃がさんと言わんばかりに伸びる腕。
反射的にぎゅっと目を瞑れば、口の端に人の温もり。
そっと目を開けると、佐藤くんの手が引っ込む所だった。
「え、なに、」
「付いてたぞ」
これ、と佐藤くんの指に付着した餡が、先程まで己の口に引っ付いていたものだと悟り、かぁっと頬に熱が集中する。
「あ、りがと」
子供みたいで恥ずかしい。
えへへ、と照れ笑いすると、佐藤くんがあろうことか、その指を口に運んだのだ。
俺の口に付いてた餡子が、佐藤くんの喉を通過していく。
(ぎゃー!!)
思わず叫びそうになるのを何とか心の内に抑えるが、羞恥に揺れる心は抑えきれない。
ぱくぱくと口を開かせ、佐藤くんを思わず見詰めてしまう。
「やっぱ甘…って、どうした、変な顔して」
ぺろり、と軽く指を舐める仕草に、言葉を失った。
「さ、とーくん…!」
「何だよ」
「そういうのさ、気軽にやらない方がいいと思う…!」
思わず語気が荒くなりそうだったが、周りの目もあるからとすんでの所で抑える。
どうやら、彼女達には一連の流れは見られていなかったようで、一応はほっと胸を撫で下ろす。
「別にいいじゃねぇか」
「良くないよ!何かさ、そういうの、期待する子とか居るかも、じゃん…」
(俺とかね…)
自分で言っておいて悲しくなる。
きっと佐藤くんにそのつもりは全然なくて、軽い仕草の一つだと思うから。
言い淀んで目を伏せると、佐藤くんの手がぽんっと頭の上に乗っかってきた。
「お前にしか、こんなことやらねぇし」
「……は?」
暫く言葉の意味が理解出来なかった。
余程間抜けな顔だったのだろう、佐藤くんが可笑しげに顔を伏せた。
「え、ちょ、佐藤くん今の、」
「そういう事だ」
ぽんぽんっとまた頭を撫でられた。
…うわ、駄目だ。絶対今、有り得ない程顔真っ赤だ。どうしよう。
困った、なんて思うのに、嬉しさに鳴り響く胸に頬は緩んで。
「また、買ってきてやるよ」
「…ううん、今度は一緒に、行こう!」
最後の一口を放り込むと、やっぱり甘い、だけどとても幸せな味がした。