「見ろ、綱吉。もみじだ」
「見ろ、綱吉。もみじだ」
ジョットが遠くを指差しながら言う。彼はいつも黒いスーツにマントの格好だが、今日はゆったりとした藍色の着物を着ていた。和ものも綺麗に着こなしてしまうイタリア人を、いつも通りの冴えないパーカーを着込んだ綱吉が見上げる。
「もみじですか?」
「そうだ。ほら…おいで」
いいながらジョットは、綱吉の肩を引く。必然的に彼に抱き込まれる様な形になってしまい、綱吉の頬に熱が上がった。悟られる前に遠くを見つめる。確かに、少し離れたところに、赤く色づく葉がある。
「日本は良い」
ジョットは懐かしむ様に言った。
「四季折々の美しい景色が見られる。それに飽きることはない」
彼が喋ると綱吉の方までその響きが伝わってくる。何と無くそれが心地よくて、綱吉は目を閉じた。
「そうですね。俺も、何年も日本に住んでるけど、飽きたことなんてありません」
「そうだろう」
ジョットが笑う。
「それに…お前に会えたしな。雨月が日本を紹介してくれてよかった」
「なっ…に、言ってるんですか…」
やっとさっきの熱が冷めたというのに、この人はなんて事を言ってくれるのだ。綱吉が反論しようと顔をあげると、優しく微笑むジョットの姿がそこにはあった。
「綱吉、もみじをとってやろう」
ジョットはそう言うと綱吉を手放し、先を歩いてゆく。離れてしまったぬくもりをさみしく思いながら綱吉は凛とした背中を追いかけた。
綱吉が思っていたよりも近くに、その木はあった。やっとのことでジョットに追いついた
時には、もう彼は葉を一枚いただいていた。綱吉に差し出されたその葉は赤く、夕焼けの色をしていた。
「あ、りがとうございます」
「お前は秋生まれだったな」
「? はい」
突然聞かれて綱吉がわけもわからず頷くと、ジョットは褒めるような、宥めるような手の動きで綱吉の頭を撫でた。
「誕生日プレゼント。本当はもっといいものをやりたいのだが、今はこれで我慢してくれ」
「初代……」
「私は、もう、リングに帰らなければ」
誕生日おめでとう、と言い残し、ジョットはその身を自らのオレンジの炎で包み込む。綱吉が何か言わなければと口を開いた時には、ジョットは姿を消してしまっていた。
綱吉が自分の手元を見ると、そこには先ほど渡されたもみじの葉があった。ジョットの瞳の奥の色に似たそれを、額にあてて、俯いた。
「……どうも、ありがとう」
中指の青いリングは光に乱反射を繰り返し、赤いもみじは風にゆれる。空はどこまでも透き通り、
綱吉は未だ感じるあの人のぬくもりと共に帰路についた。
作品名:「見ろ、綱吉。もみじだ」 作家名:10Ag