青い嵐の夜に
日頃は内陸の穏やかな気候の土地だが、暴風雨の中心が村を縦断するともなれば影響は免れない。
風を遮るような木もあまりない丘の上の質素な造りの家では、激しい嵐の際には家ごと吹き飛ばされてしまうのではないかというほどの強い風が吹き荒れる。
そんな嵐の夜にも関わらずわくわくと窓際に陣取る子供が一人いた。
「危ないから雨戸をちゃんと閉めてこっちにいらっしゃいエドワード」
ダイニングから母のトリシャの呼ぶ声がする。怖がりの弟のアルは早々から母の背にべったり貼り付いていた。
「大丈夫だよ。稲妻見るの!」
不在の父の書斎の窓からは黒々と雲の波打つ空が一望でき、雨戸を完全に締め切らずにほんのちょっとすかせた隙間からエドワードは一心に外を凝視していた。
雷の音だけ聞いてるとほんのちょっとだけ怖いのだけど、稲妻の光は魔法のように美しくてそれを見るのがエドワードは大好きだった。
「稲妻は暖まった雲の下に溜まった余分な電子が飛び出して、原子とぶつかってはじかれてできるんだよ」
とロイ先生が教えてくれた。
錬金術の基本は、理解・分解・再構築だ。
原理をきちんと理解していないと術を発動することはできない。
ロイは学校の先生だけど、錬金術が使える錬金術師でもある。
放課後、宿題そっちのけでいろいろ聞きたがるエドワードに、ロイはいつも面倒がらず丁寧に説明してくれた。
子供にはいささか難しい言い方をすると周りの大人には少々苦い顔をされるけれど、自分はきちんと理解している。
ロイはいつでもちゃんとわかるように話してくれるのに、理解できてないのはむしろ大人達の方だ。
「プラズマは空中の原子が解離して原子がイオンと電子に電離してできるんだよね」ほら、ちゃんとわかってるでしょ、先生。
ロイが錬金術で錬成してくれた青いプラズマを見た時の感動は忘れられない。
それまでは弟の手前兄の"こけん"に関わるので怖くないと言い張っていたが、実はちょっと怖かったりしてたのだ。
でも今はもう怖くない。なんでできてるかわかるものだったら怖くなんかない。
怖いものは理由がわからないもの―彼に対するこのふわふわした曖昧な気持ちのような。
直に見るのは危ないからと透明なケースの中に錬成してくれたプラズマを見ながら、硝子越しに盗み見た青の映える黒髪に黒い瞳。その表情から目が離せなかったのは綺麗だと思ったからだとは、その頃のエドワードにはまだわからない感情だった。
「ロイ先生、怖がってないかな」
当の青年が聞いたら苦笑するような、思わず微笑んでしまうような言葉をつぶやいて、少年は丘に伸びる青い閃光をその金の瞳に映し続けていた。
「今度は一緒に稲妻見たいな」
稲妻見たさに無茶をしてないか心配したロイの電話を受けて、トリシャが様子を見にきた時には窓辺ですっかり寝入ってしまっていたけれど。
その時見ていた夢は、きっとロイと一緒に青い稲妻を見る光景だっただろう。