そのまま手を
「ん?」
前を歩く弦一郎がまっすぐ前を向いたまま、手をこちらにのばしてきた。何か欲しいのだろうか。俺は呼ばれた名前に返事をする。いつまでたっても欲しいものを言わずに手だけが俺の前に突き出されていて俺ははて、と首をかしげた。
まだ5時だと言うのに日は沈み辺りは暗く街灯が俺たちを照らすだけだった。
部活の帰りみち、最後に残るのは必ず俺たちだ。俺の家と弦一郎の家は近い。付き合っているのに二人でいられる時間はみんなと別れたあとの時間と休日だけ。
「なんだ、何か欲しいものでもあったか。」
何か、もっていただろうか。ラケットバックを肩から下しかけると背負っている側の腕を弦一郎がさっきまで突き出していた手で思い切り掴み前にぐっと引っ張られる。
「おい、弦一郎」
痛いじゃないか、そう言おうと弦一郎の顔を覗くと耳や鼻を真っ赤にしながらその場に立ち止まる。
「寒いのだろう、手が真っ赤だぞ。」
「あ」
ぎゅっと握られた手を見ると若干感覚が無い。
「全くお前は、気付かなかったのか。」
「寒いとは、思っていたんだがな。」
「しもやけにでもなったら大変だろう。」
心配してくれたのだろう、これが精一杯の弦一郎の優しさの表し方だ。
俺は弦一郎の手を握り返しそれまで少し後ろを歩いていた所を数歩だけ前にでて弦一郎の横にたった。
「弦一郎の手はあったかい。」
「お前が寒いならこのままでいい。」
「ふふっ」
辺りには誰もいない、まだこんな時間だと言うのに誰にも邪魔されずに弦一郎の近くにいれる。それだけでこの冷たい空気の中で平気な気がした。
手をつないで肩をよせあうと弦一郎は少し照れたのか帽子をふかくかぶりなおした。
「冬も悪くない」
「何かいったか。」
「いいや、なんでも。」
街灯をさけた暗い道で、弦一郎にキスをした。
誰もいない、そう呟くとほんのり弦一郎の体温が上がったきがした。
END