噺屋
噂に聞く噺屋と言う場所に丸井に連れられやってくるとそこには軒並みの物件の合間、密かに佇むボロ小屋があり。今にも壊れてしまいそうなドアを開けるとそこにはちょこんと物静かに座る男がひとり、ここの「噺屋」の主人だそうだ。
祇園のお茶屋のように噺屋は一見お断りだそうで俺は噂のこの場に丸井に頼み紹介して貰ったと言う訳だ。
物腰柔らかな主人ははしゃいで茶菓子を食い散らかす丸井を放っておいて俺の前に静かに座ってその見えてるか見えていないかの瞳がじっと此方に向けた。
「名前は?」
「真田、弦一郎だ」
「そうか、弦一郎。はじめまして」
「…はじめまして、お前の名は?」
「これは失礼した、俺は柳蓮二と言う。」
蓮二と呼んでくれ、と言うなり俺の顔や手果ては瞼を指で下げ眼球を覗きこむ。いきなりの事に俺は蓮二の手を振り払った。
「何をする」
「お前、説明してなかったのか」
「悪ぃ悪ぃ、今から説明するって、だからそんなに怒るなよぃ」
丸井は煎餅をばりばりと食べながら蓮二の横に座り直した。
「あんな、噺屋さんは人の名前と体に触るだけでその人間にあった話をしてくれるんでぃ」
「…少々話し方が可笑しいぞ丸井、いや、それにしてもあった話とは?」
「お前のききたいと思う話を、此方が言い当てるんだ」
「そゆこと、じゃぁ俺はいくぜぃ、ハゲと待ち合わせがあるんだ」
じゃぁな真田~と着物をはためかせて行ってしまう丸井を止める事もままならずこの初対面の柳蓮二とふたりきりにされてしまった。
「それでは、弦一郎。」
「む、頼むぞ蓮二」
そこから一刻の間ただ話を聞くだけには少々長い時間だったのかもしれぬが俺は別段きにすることなく、そして流石噺屋と言うべきか蓮二の話は体に染み渡るかのように分厚い書物を一冊読み切った時のような満足感すらあった。
「不思議なものだ」
「面白かったろう、意外に妖怪や怪奇の話、お前はこういった本を読まない」
「どうして解った?」
「さっき目をみた、その時にな」
「目をみただけで解るのか、」
「ああ」
深い質問になると蓮二は唇の前に人差し指をおいてひみつだ、と言いながら口を閉ざした。
噺屋にも何かしらのきめ事があるのだろうと気になりつつもそれいじょう掘り下げはしなかった。
口が回る回る、蓮二の話す話はどれもこれも面白い、あっという間に時はたち日はくれてしまった。
「明日も来ていいか」
「ああ、またな、弦一郎」
ひらひらと手をふると蓮二もまた、と返してくれた。あまり良い物件とは言えぬこの場に似付かわしくない、柳蓮二は綺麗な男だと、本当にそう思った。
「いらっしゃい」
「毎日きてすまないな」
「いや、お前に話すのは退屈しなくていい」
「そうか?」
「金持ちの腐れじじぃに物珍しさでくる若者、それに俺の顔ばかりみて話なんぞ全く聞いてない女とは違いお前は本当に真剣に俺の話を聞くからな」
蓮二は呆れつつ茶菓子の入った籠に手を伸ばして金平糖をつまんで指先で割ってみせた。
「この顔と線の細さで男色じじぃと女には全く困らないからな。嫌だ嫌だ。」
今日の蓮二はいささか機嫌が悪く綺麗と言えば怒るのだろうが本当に綺麗なその顔に皺がよると目立つ。
自分の事をあまり話さない蓮二が今日はペラペラと色々な事を話すものだから、俺も金平糖をつまみながら奴の話を聞いた。
話が上手いからだろうか、全く退屈もせずに身の上話を聞ける感覚、不思議だと笑うと蓮二の口はピタリと止まった。
「わ…悪かった、俺の話などつまらなかっただろう…」
「いや、お前は話が上手いからな。それに俺はお前の事はよく知りたい」
「本当か」
「ああ、」
申し訳なさそうに頭を下げて丁寧にありがとうと礼を言われて此方までかしこまり頭を下げた。
「色々な客がいるだろう、鬱憤も溜まると言うものだ、俺で良かったらいくらでも聞く」
「弦一郎」
「ん?」
ふっと顔をあげたそこに俺たちの距離を保つ卓袱台に乗り上げた蓮二の顔があり俺は目をひんむいた。
「んむっ」
近い!と突き飛ばすよりも前に口をつけられて俺は距離やこの接吻の事今日話し聞かされた事さえ忘れそうになった。
「っふ…んんん!」
「…ん、」
「何を!」
「接吻」
「言わんでいい!」
「何を、と聞いたのはお前だろう」
兎に角唐突にされた接吻に目を回していると蓮二はもっと、と言って俺に近づいてきた。何がもっとだ、と言い返したいが声も出ず、抵抗も虚しく馬乗りになられて口付けられた。
男色じじぃをクソと呼んでいたではないか、色目をつかう女もうんざりといっていたではないか。そのお前が何故こんなことをするのか、うっすらと開かれた瞳に見つめられて俺は黙ってその口付けを受け入れるしかなかった。
「れ…れん…じ」
やっと口付けの嵐が終わったと思い目を開くと相変わらず蓮二は俺の腹の上にのったままうっとりとしていた。
「惚れた」
「な…なんだと?」
珍妙な言動に俺はただ呆然とするしかない。
惚れた?何に?混乱は醒めず、口を拭おうとすると蓮二のものか俺のものかも解らない唾液が口から垂れて、余計恥ずかしくなった。
「弦一郎、お前は俺のものになれ。」
性格が変わった、出会った当初の清楚で美しい柳蓮二は無く、そこには冷たい目で俺に命令する我が儘極まりない子供のような柳蓮二が俺を見下ろすだけだった。
猫被りだったのか蓮二、全てすっ飛ばして兎に角俺が投げつけた精一杯だった。
「ああ、なりのおかげで大概は突き通せる嘘なんだがな。きめた、お前はずっとここにいろ、どこにもいくな。」
足を広げて畳に手をついて座る蓮二は不良のような立ち振る舞いでしっかりときていた着物を着崩した。
「俺に惚れたと言うのか」
「ああ、惚れた」
恐る恐る聞くと即答されてしまう。
「お前、男が嫌いなんじゃ」
「男色の気色悪いじじぃはな、お前は別だ」
「お前は男色家なのか」
「違うな、まぁどちらかと言えば両刀。女も美味しく頂くさ」
まぁ、気に入ったのがいればの話だが。と話す蓮二の声ももはや何がなんだか。美味しく頂くと言う意味もそういう意味だと思うと顔が熱くなった。
「顔が真っ赤だな弦一郎、」
「う…さ…さわるな」
頬に触れる時一瞬だけ最初の蓮二に戻った気がして。かっと熱が上がっていった。
「嘘、触って欲しいんだろ」
近づく顔にまた口を吸われると思い体を硬直させ目を瞑ると額についばむように唇を落とされた。
「お前が好きだ、弦一郎。」
猫をかぶっていたような奴で両刀で想いを口にするよりも先に俺を襲った男が、綺麗な顔で綺麗な唇で俺を好きだと言った。俺に触れる指先まで綺麗、話しの上手い蓮二の事、うまく言いくるめられた気もしたが、俺はゆっくりと蓮二の背に手を回した。
「俺もお前が、すき、かもしれない。」
ほだされてしまったんだろうか、俺はきゅっと着物をひっぱると、蓮二は満足したと言わんばかりに俺を力任せに抱きしめた。
「猫っかぶりめ」
「お前の前ではもうしない、」
噺屋
END
20100112