二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

水底にて君を想う 波音【0】

INDEX|1ページ/1ページ|

 
波音【0】

 バベルの屋上。
 夕日が街を照らしている。
 少年が一人、膝を抱えている。
「どうしたんだい?」
 その小さな背中に声をかけられる。
 ビクッと震える。
 小さな背中がますます小さくなる。
「……ケンカでもしたのかな?賢木修二君」
 名前を呼ばれて少年、賢木は振り返る。
 学生服に、白、銀髪の青年が立っている。
 見覚えがあった。
「この間は水をありがと」
「つかまったんじゃ、ないの?」
 青年は肩を竦める。
「不二子さんとは姉弟みたいなものでね」
「そうなんだ」
 不二子、というのがあの巨乳のお姉さんなのか、と賢木は思い出す。
 触れた時に透視えたけれど、やっぱり、仲が良いのだと、納得する。
 この青年のことを教えたとき、不二子から透視えたのは、怒りだけではなかった。
 まだ幼い賢木には理解しがたい複雑な感情。
 しかし、その中に確かに温かなものがあった。
 賢木の横に青年が座る。
「誰に殴られたの?」
「……」
 青年の手が、賢木の腫れた右頬に触れる。
 健康な褐色の肌と病的な白い肌。
(冷たい手だなぁ。氷みたい)
 賢木はぼんやりと思う。
 と、青年がクスと笑う。
「ゴメンね、冷たかったかい」
 賢木は驚いて、目を瞬く。
「お兄さんも?」
「そうだよ、修二君」
「ホント?」
「ホントだよ。……君を殴った人も解ったよ」
 言われて、賢木の大きな瞳が揺れる。
「ボクが悪いんだ。みちゃいけないって言われてたのに」
 鬼のような形相で、手を上げたのは母親だ。
 賢木は唇を噛む。
「そう。まだ君は自分の能力を上手くコントロール出来ないんだね」
 コクリと頷く賢木。
 その頭を青年の手が優しく撫でる。
「リミッターが効かなくて」
「……まだ君の能力は安定してないんだ。日に日に強くなっていくから、リミッターが合わないんだよ」
 賢木は青年の声に耳を向ける。
「そうだね、超度6くらいはいくかな」
「そんなに!?」
 驚いて声を上げ、同時に絶望的な気分に襲われる。
 今でさえ、母にあれほど嫌われているのに、これ以上強くなったら……。
 賢木は知らず、青年の服の裾を握り締める。
「……まったく、普通人は」
 ポツリ、と呟く青年。
 その声があまりに冷たい。
 賢木の手が震える。
「フフ、ごめん、ごめん」
 青年は笑うと、賢木の肩を叩く。
「後天的な精神感応系、君みたいなサイコメトラーはこれから辛い目に合うよ」
「辛い目……」
「いかに人の上っ面が信用できないか。いかに人の言葉は当てにならないか」
 一度、言葉を切る。
「いかに普通人共が醜いか」
 風が二人の間を流れていく。
 賢木は言葉もなく青年を見つめる。
 美しい横顔。
 どこか、遠くを見ているような表情。
 この人も『辛い目』に合ってきたのだろうか、賢木はそんなことを思う。
「そうだ」
 青年はニコリと笑うと賢木の手をとる。
「なに?」
「海に行こう」
「え?」
 風景が跳んだ。
 目の前には海が広がっている。
「すっげー」
 思わず目を見張る賢木。
 沈みきる前の夕陽は大きく、海を染めていく。
「いい風景だろ」
「うん」
 無邪気に応える賢木に青年の瞳は優しい。
「……一つ覚えておくといい」
「?」
「人間は誰でもね、心の奥に意識という海を持っているんだよ」
 波音が、響く。
「良い事も、悪い事も」
 青年は自分の胸に手をやる。
「底にと沈んでいく」
「底に……?」
 不思議そうな顔をしている賢木に青年は微笑む。
「いいかい。一番大事なものはその底に沈めてしまうんだ」
 青年は膝を折り、賢木と目線を合わせる。
「そして、忘れるんだよ」
「一番大事なことを?」
「そう。そうしないと……」
 賢木の手に青年の手が重なる。
「僕達は守れない」
「守る……誰から?」
「他人からだよ」
 手から、初めて青年の思考が流れてくる。
(ホラ、こうやって他人は僕達の心を汚してくる)
(汚す?)
 意識せずに心で答える賢木。
(そうさ、覚えがあるだろう?)
(……うん)
 何もしていないのに、まるで化け物でも見るような人達の顔が浮かぶ。
 触れれば、謂れの無い言葉に傷付く。
(だから、深く深く、深く沈めてしまうんだ。せめてそれだけでも守れるように)
 青年の手が離れる。
「分かった?」
 この人もそうして、一番大事なことを沈めて忘れているのだろうか。
 賢木はじっと見つめると、頷いてみせる。
 そんな賢木に青年は殊更優しく微笑んでみせる。
「でも、浮いてきちゃわない?」
「その時はまた沈めるんだ。ここから音が聞こえるからね」
 青年はそう言いながら、胸をトンと叩く。
「音?」
「そう、最初は聞き取れないほど微かに、やがて大きくなってくる」
 賢木は自分の胸に手を当ててみる。
 何も聞こえてはこない。
「その内分かるよ。そしたら、また沈めて、忘れればいい」
「……やってみる」
「いい子だ」
 さて、と青年は賢木の手をとる。
「日が落ちたね。帰ろうか」
「うん!」
 波音が響いていた。


「あーあの頃は可愛かったのになぁ」
「なんの話です?」
 青年、あの頃と寸分違わない姿をした兵部京介は、窓の外を眺めながら呟く。
 すでに、十年以上の年月が経過している。
 運転をしていた黒髪の男は、怪訝そうな視線を助手席の兵部に向ける。
「ほら、賢木っていう医者」
「ああ……あの。いつ会ったんです?」
「十年位、あれ、もっと前かな。ほら、不二子さんに捕まった辺りだよ。真木が助けにこようとして失敗したろ」
「そ、それは」
 黒髪の男、真木はその時のことを思い出して言いよどむ。
 まさか、色香に手も足も出なかったとは言い難い。
「不二子さんが寝てからは、ちょくちょく抜け出してたから」
 その時にね、と言葉が続く。
「……しかし、覚えていない様子でしたが」
「ああ、催眠で忘れさせたからね」
「何故そんなことを。勧誘したのではないのですか?」
「んー、その気はあったんだけど、これ以上手のかかる子供増やしたらお前が困ると思って」
 真木の眉間の皺が深くなる。
 捕まっといてよく言う、と喉まで出そうになった言葉を押し込む。
「お心遣い感謝します」
「嫌味かい?」
 兵部がクスと笑う。
「……不二子さんに告げ口されたら困るなって、後から思いついてね」
「はあ」
「そうだな、今度誘ってみようか。こっちにこないかって」
 真木の頭に賢木の顔が浮かぶ。
 敵意に満ちた瞳だ。
「その……無理なのでは?」
「そうだな」
「少佐?」
 その真意を測りかね、真木は兵部の方を伺う。
「久しぶりの日本だ。薫たちは元気かな」
 その瞳は流れる風景へと注がれている。
「言ってはなんですが、彼女達が元気でない所が想像できません」
「確かに。あの坊やも相変わらずだろう」
 兵部の口元が僅かに笑みの形を作る。
 気の毒に。
 真木は内心思う。
 普通人のことは真木だとて、憎い。
 だが、正直に言えばあの皆本という男には同情する。
 小生意気なチルドレンにこの兵部。
 同じ世話係として胃が痛くなる思いだ。
「楽しみだな」
 心底楽しそうに兵部は笑った。