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飛空都市の八月
飛空都市の八月
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SOUVENIR II 郷愁の星

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 いよいよクラヴィスが聖地を出るというころ、彼は一通の便りを受け取った。まだムワティエを後にしてから聖地ではほんの数カ月しか過ぎていなかったのだが、クラヴィスはふらりとランディのもとを訪れたかと思うと、その封書を投げ出して黙り込んだ。
 それは遺言状だった。見慣れた文字で、館をクラヴィスに譲るとあった。
 ムワティエの神官リディアは、【黒い土地】の瘴気がもとで母を失い、父を間接的に失ったが、とうとう伴侶も奪われた。エノルムの話によれば、神官の伴侶たる執務官は、【黒い土地】に兵士たちが行くたび必ず同行していたからだろう、とのことだった。兵士たちが交替で行くのに対し、彼は毎度行くから当然瘴気に触れる度合いが増える。それが彼の命を縮めたと。
 ランディはジュリアスがリディアに贈った鎧の話を聞いたときのことを思い出して酷く落ち込んだ。こうなることをジュリアスはわかっていたのだろうか。
 リディアは【黒い土地】に行くと叫んだそうだ。
 「私からジュリアスを奪う者は絶対に許さない。いい? 絶対に許さないのよ、覚えていらっしゃい!」
 まさにその叫びどおり、リディアは次代の闇の守護聖による育成を懸命に願い続け、一方で瘴気のかなり薄れた【黒い土地】の開墾を続けた。彼女の復讐は実を結び、ついに植物が育ち始めたと知らせてきた。
 クラヴィスは遺言状のとおりあの館に住むことにしたが、あちらこちらをさまよい、疲れたら館に帰るという生活をしていたらしい。生き方は異なるけれど、彼にとってもこの星はジュリアス同様第二の故郷となったようだ。ときどきはリディアの相談に乗ることもあったらしい。
 ランディは星々の視察のため忙しく飛び回っていたので、なかなかムワティエには行けなかった。そんなランディも、もう星の視察に出ることはなくなった。オスカーをはじめ彼の先輩の守護聖は誰もいなくなってしまったからだ。今では彼が守護聖の首座となってまとめ役を務めており、相変わらず忙しい。
 だから、このようにときどき時空を越えて便りが届くのを楽しみにしていた。まるで故郷からの便りのような、懐かしく、楽しく、そして悲しい−−。便りの主は、リディアから、リディアに残されたジュリアスと生きたことの唯一の証である彼女の息子、孫へと移り、今は曾孫が務めている。
 「どうしたんですか、ランディ様」
 心配そうな闇の守護聖の声で、ランディは我に返った。
 「この星で何か悲しいことでもあったのですか?」炎の守護聖の少年も尋ねると、おずおずと持っていたハンカチを差し出した。
 −−泣いていたのか……俺。
 素直にハンカチを受け取ると、ランディはそれで目をおさえた。布に染みがついている。ランディはそれを凝視した。
 「……大丈夫ですか?」闇の守護聖の少年が声をかけると、その手に小さな紫色の光を灯した。「少しだけ、ランディ様にお渡ししても迷惑になりませんか?」
 ランディはにっこり笑うと、手で闇の守護聖の小さな手を包み込むようにして押さえた。
 「ありがとう、心配かけてすまない。でも俺は大丈夫だよ」
 風の守護聖のいつもの笑顔に、少年たちはほっとしたようだった。
 ランディは彼らから見えないようにまた窓を見る。窓の向こうの惑星ムワティエが、近づくにつれてますます球体であることがわかるようになってきた。その名前の由来がともすればもう忘れられるほどに緑の豊かな星になりつつある。
 ジュリアスやクラヴィスよろしく、密かに第二の故郷と思っているこの星にこれだけ近づいても何故か遠くのもののように感じられるのは、もはやランディにとってこの星自体、別の存在になっているからかもしれない。妙なホームシック。知っている者がいないのは、異なる時の流れを生きる守護聖である限り仕方のないことなのだが。
 「ランディ様」
 闇の守護聖の少年が再び声をかけた。
 「何だい?」窓のほうを見たままランディが返事した。
 「この前、僕がムワティエの【黒い土地】に力を送りに行ったとき、神官さんからいい言葉を聞いたんです。何でもムワティエでは、それを元気のないときに言うと、がんばろうって気になるんですって」
 自分に元気がないとでも思っているのだろうか、この少年は。……確かにそうだな。ランディは苦笑して彼のほうを見た。
 「ふうん。俺にも教えてくれるのかい」
 「はい!」嬉しそうに笑うと、闇の守護聖はそれこそ元気よく言った。
 「『この星がこうして存在し続けているように』ですって!」
 ランディの動きが止まる。
 「失敗とかしても、星半分でやってこれたのだから自分たちだっていくらでもがんばれるってことらしいで……ランディ様?」


 −−もうだめだ。しばらくこのままで。


 ランディは自分の感情を解放しておくことにした。
 闇の守護聖の少年がびっくりしていたが、炎の守護聖の少年が手を引いて、二人は少しランディから離れた。
 かつて光と闇の守護聖を魅了したこの星の、あの言葉が生きている。ランディは窓の外を見る。ムワティエはもはや綺麗な球体となってランディの前にその姿を見せている。


 「ただいま」
 星に向かい、小さくランディは呟いた。





− FIN −