朱金の王花
序
「騙したな…!」
ぎり、と堅牢な柱の向こうから睨みつけてくる顔は怒りにますます輝いて見えた。白い頬には赤みがさし、屈辱に噛みしめられた唇は紅を引いたように潤んで、その黄金の眼はいよいよ輝きを増していた。
男は自虐的に唇をゆがめる。
何と罵られても甘んじて受ける覚悟はあった。
「――人間にも知恵はあるのだよ、朱の花よ」
「変な名前で呼ぶんじゃねえ、つってんだろ!」
黒い、涼しげな瞳に一瞬だけ何か、名状しがたい感情が走った。柱の向こう側、むせかえるほどの花々に囲まれて立つ、細く小柄な人物は訝しげに眉をひそめた。
「…いいじゃないか。君の時間は無限にあるのだろう?」
「…?」
「君にとっては瞬きするほどの時間だ。月が出て、太陽が昇るまでのほんの短い一夜の夢のような、本当に短い時間だ、この国の、命数なんて、たかが」
大輪の牡丹の脇で、長い金色の髪をまっすぐに垂らした、人を離れて美しいその「ひと」は今度こそ怒りに柳眉をはね上げた。
「長いとか短いの話じゃない!こんな風にだまし討ちにして、閉じ込めて…! 思いあがるな、人間!」
男は、柱の前、膝をついて頭を下げた。
その突然の仕種に、そのひとの舌鋒も止まる。
「…許してくれとは言わない」
「……おまえ…?」
この小さな国の王、天運と才気に溢れ、文武に秀でた美丈夫は、痛みを耐えるような声で続けた。もはや顔を上げることもなく。
「…だが、……わたしは、」
その消え入りそうな声は、人ではないものであるはずのその「ひと」の胸にも響いた。痛いほどに。だからその、ただ極めて美しく、性別すらも超えたそのなにものかは、ぎゅっと胸元を押えた。
こんな痛みなんて知らないのに。
「……呪われればいい。お前なんて」
吐き捨てて、そのひとは背を向けると花園の中へと消えて行った。高い柱と結界に覆われたその箱庭の中へ。
その背中が消えてしばらく経っても、頭を垂れた男は顔を上げなかった。ただ自嘲と、激しい痛みを覚えながら顔を伏せ、涙を流すこともできずに。
「…それでも、俺は」
ただ狂おしいほどの恋情を胸に、与えられた呪いにさえ歓喜を覚えていた。何かであの存在とつながっていられる、ただそれだけのために。