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不信

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伊達政宗の勝利。 片倉小十郎が望むのは、いつ何時であっても、それだけでなければならなかった。敗北を想像することは許されない。政宗が、許さない。勝利を疑うことは、すなわち、政宗の力を疑うことに等しいと考えているからだ。政宗は小十郎を信じていたし、小十郎もまた、政宗を信じていた。政宗を信じない片倉小十郎は、存在意義を失う。政宗は決して敗北しない。倒れない。死なない。小十郎の中には、常に、前を見据えて凛と立つ政宗の姿がある。それだけを、信じる。―――そういう在り方を、小十郎も、望まなかったわけではなかった。


視界の端で、刀の切っ先がきらめくのを、小十郎は見た。囲い込んでくる敵の狙いは、政宗と小十郎を分断させることにあった。個の力がどれほど強くても、圧倒的な数の前には少なからず鈍るものである。巨漢の兵をなぎ倒すのに手間取った一瞬の隙に、政宗との距離が開いた。割って入るように、兵の一人が突進してくる。振り上げられた刀。それは真っすぐ、蒼い陣羽織の背中、渦を巻く雷紋に迫っていた。
「――政宗様ッ!!」
咄嗟の叫びが、音になっていたのかどうかは分からない。代わりに、思考が焼け焦げる音が聞こえた気がした。心臓すら、止まっていたかもしれない。それからは、一切の音や感触が遠ざかり、何かが背中にぶつかってきて、ようやく再び血を送り出すことが許された。ぶつかってきたのは他でもない、先ほどまで離れていた、政宗の背中だった。
「Hey, 遅ぇぞ小十郎」
「政宗様――」
気づけば、二人を囲んでいた兵の数は半減していた。足元には何人もの兵が折り重なって倒れているが、どうやって斬り伏せたのか、小十郎は思い出せなかったし、思い出そうともしなかった。政宗の全身に素早く視線を走らせる。長引く戦闘に息は上がっているが、目立った傷は見当たらない。背中に当たる陣羽織の感触も滑らかで、あたたかかった。彼の背中は護られたのだ。小十郎の安堵を知ってか知らずか、政宗が刀を構え直し、振り返る。
「行くぜ小十郎、気合い入れてついて来いよ!」
「承知!」
即答に、政宗が口元だけで笑む。そして迷い無く、前へ駆け出す。小十郎もすぐさま後を追う。しかし、焼け落ちた思考は、なかなか元には戻らなかった。


政宗に刃が迫る度、小十郎の脳裏を支配するものは何か。―――それは、政宗の危機である。あのまま、自分が辿り着いてその刃を打ち払わなければ、どうなるか。政宗の背は隙が多い。小十郎を信頼し、背中を預けているからこそ生まれる隙だ。小十郎が護ると信じているから、政宗は自身の背中に意識を払わない。もし、小十郎が一歩でも遅れれば、政宗は簡単にその背を狙われるだろう、今回のように。小十郎が間に合わなければ、政宗は大きな一太刀を浴びていたはずだ。背を裂かれ、脊柱を砕かれていたかもしれない。政宗が狙われる度に、その様が、小十郎の脳裏に浮かび上がるのだった。一瞬のうちに、色も鮮やかに。それによって小十郎の思考は落とされる。心臓を凍りつかせ、己のすべてを、敵を倒すことのみに注がせる。そうして小十郎は、どんな状況にあっても政宗の背を護ってきた。現実において、政宗の背に傷は無い。その代わりに、小十郎の想像において、政宗は幾度となく斬りつけられ、槍に貫かれ、矢に射られ、弾に撃たれている。政宗の負傷、その延長にある敗北、そして死。政宗を喪う恐怖が、小十郎に、政宗を護る力を与える。政宗は決して敗北しない。倒れない。死なない。そう信じなければならないのに、疑ってはならないのに、何度も敗北を、政宗の死を、思っている。小十郎の脳裏で、政宗は何度も死んでいる。
これは、政宗への不信と言えるだろうか。 小十郎の密かな葛藤を、政宗は知らない。



作品名:不信 作家名:ひょっこ