誕生日
明るい日射しの下、涼しい風が穏やかに吹いている。
銀時は桂とともにソバ屋から秋晴れの外へと出た。
「ごちそうさん」
「うむ」
今日の昼食は桂のおごりだった。
道を、ゆっくりと歩く。
「……今日は誕生日だな」
「あ? だれの?」
そう銀時が問いかけると、桂は眉根を寄せた。
「だれのって、おまえのに決まっているだろう」
「ああ、そーいや、そーだっけ」
銀時は首筋をボリボリかいた。
その隣で桂がため息をつく。
「まさか自分の誕生日を忘れるとはな。なにかの手続きをする際の書類に、自分の誕生日は何度も書いてきたはずだろうが」
「忘れてたんじゃねーよ。意識してなかっただけだ」
言い返したあと、ふいに昔の記憶が頭によみがえってきた。
「つーか、俺ァ、誕生日は好きじゃねェからな」
昔。
桂と出会うまえ、松陽と出会うまえ。
「俺が生まれて、まわりを不幸にした」
鬼の子と呼ばれていた、昔。
自分が生まれてきたことで家族は不幸になり、結局、自分ひとりで生きていくしかなくなった。
その記憶が脳裏で揺らめいた。
だが、ハッと我に返る。
「つまらねェこと言った」
どうしてこんなことを言ってしまったのだろうかと後悔する。
この件については触れたくない。
話を断ち切ってしまいたい。
そう思ったとき。
「あ」
桂が声をあげた。
そして、桂は早足になり、どんどん銀時から離れていく。
「お、おい、ヅラ……?」
銀時は桂のあとを追った。
路地裏へと行く。
そこに、猫がいた。野良猫だろう。お世辞にも美人猫とはいえない感じの猫だ。
銀時は状況を理解した。
案の定、桂は猫のほうに吸い寄せられるように近づいていく。
だが、猫は胡散臭そうな眼差しを桂に向けていて、自分と桂との距離がかなり縮まると、サッと逃げていった。
桂は立ち止まった。
その肩がガックリと落ちる。
猫に触りたかったのに逃げられてしまって落ちこんでいるのだ。
「……どうして俺の愛は伝わらないのだろうか」
冗談ではなく、真剣に悩んでいるらしい。
「そりゃ、テメーの気持ちの悪さのほうが伝わってるからだろ」
銀時はいつもの調子で言い返した。
あきれていた。しかし、桂らしいと、おかしくもある。
桂が踵を返した。
元の道へともどっていく。
だから、銀時もそちらのほうへと行った。
ふたたび、道をふたり肩を並べて進んでいく。
ゆるやかな弧を描く橋を渡る。
「いい天気だな」
ふと、桂が言った。
その眼は空に向けられている。
「ああ、そーだな」
つられるように銀時も空を見あげた。
淡い青色の空に鳥の羽のような薄い雲が浮いている。
「……戦のあと、おまえがいなくなって、長いあいだ会わなかったときがあるだろう」
桂が銀時のほうを見ないまま言った。
話の内容のわりには穏やかな声だった。
なぜ、突然、そんな話をするのか。
わからなくて、銀時は返事せずにいる。
「あのころ、俺は、なにかの拍子に空を見あげたときに思った。この空はどこまでも続いている。だから、きっと、この空の下には、おまえが、坂田銀時がいるって、な」
桂は返事がないのを気にした様子はなく話し続ける。
「この空の下のどこかにおまえがいて、暮らしているんだと思うと、心強い気がした」
長く会っていなかったころのこと。
会っていない、だから、助けることもできなかったころの話だ。
自分は桂になにもできなかった。
でも、ただ同じ空の下に存在しているだけで心強かったと、桂は言っているのだ。
銀時は思い出す。
自分も同じころに似たようなことを思ったことがある。
もうなにも背負わないと決めて、仲間から離れ、ひとりになったと思っていたころ。
それでも。
空を見あげて、ずっと続いている空の下、どこか遠くに、自分の悪い所もすべて受け止めてくれる相手がいることを感じた。
あのとき、心やすらいだ気がした。
「銀時」
呼びかけられて、銀時は桂を見た。
桂は銀時を見ている。
頭上の晴れた空のように綺麗に笑っている。
「誕生日、おめでとう」