晴れたる青空
晴れた空の下を歩くのはひさしぶりだった。
光の量が多すぎて押し潰されそうで、なのに背中からすっきりとした清々しい熱が差し込むようでくすぐったくて目を眇める。青い空はどこまでも透き通って遠くまぶしい。
空はどこからだと思う?そう聞いたのはだれだったか。そんなくだらない質問をしてくる人間といったら限られたモンだが、俺のまわりはいつからかそんなくだらない人間ばかりに占められていたから、どいつだったか、そんなことすら思い出せずにいる。
「空はどこからだと思う?」
そいつに聞かれた俺は、一瞬まよって、そんな俺を見てそいつはうれしそうに「ぶぶー、時間切れー」とか言いやがったのだった。「正解はね、」そいつはそう言って、俺と自分のあいだにある空気を掴むような真似をして、
「正解は、俺たちのまわりにあるここからだよ」
ここからもう、空なんだよ。
おもわずそいつをまじまじとみつめてしまった俺に向かって、そいつは声を出さずにわらいかけて、上を見上げ、「空ってさ、スゲー遠い場所にあるって俺ら思ってんじゃん、でもさ、ほんとはもう、俺らをとりまくぜんぶが、空なんだよな」
だから背伸びすんな。そう言われたような気がして、俺をそいつが見透かしているような気がして、俺はすこし不貞腐れた気分で、けれど、ああそうか、もう背伸びしなくていいのか、とほっとしたような気分になったのだ。
いま俺は、晴れた空の下を煙草を咥えながらひどくゆっくりとした足取りで、大地を踏みしめるように歩いている。短くなった煙草を地面に落として踵で踏み潰し、大きく息を吸ってみる。俺たちのまわりにあるここ、このぜんぶが、空なんだよ。そう言ってわらったあいつを思い出してみる。銀色の髪が先から霞んでゆくように掴めなくて笑う。
下を見るとどろりとした赤い赤いだれのものともつかぬ血液がたくさん溢れゆっくりと地面を流れていた。その血はもう誰のものかわからない。その持ち主が誰だったかなんてこともすべて過去になってしまって、顔だとか、話し方だとか、笑い方泣き方怒り方、そんなことのすべてがもはやだれにもわからない。俺は、そんな人間たちの体液の上にゆっくりとすべるように座り込んだ。ここではもう俺以外にこうして立ったり座ったり想いに耽ったりしている人間はいない。
俺の空はなくなった。ひろがる乾き始めた血を指でそっとなぞりながら、視界のすみにいつもあったうっとうしい銀髪や、たくさんのバカ面を思い出して、俺はすこし、泣いた。