雪の日がくれた宝物
雪の日がくれた宝物
昨晩から振り出した雪は溶けることなく積もり、そのせいで辺り一面真っ白。吐く息は白く、凍るように冷たいこの銀色の世界で、今この場にいるのは俺とジャンさんの二人だけ。
他のデイバン市民やタクシーの影もなく、物音すら自分たちがたてる音以外には聞こえてこない。
そんな状況でこの雪のせいか、世界でジャンさんと俺の二人しか存在していないようなそんな錯覚に陥る。
誰にも汚されていない真っ白な積雪の上を、ジャンさんは子供みたいにはしゃぎながら、白い息を吐き出して笑い、さくさくと足跡をつけて楽しんでいた。
そして俺の足跡がそれを踏まぬよう少し横に避け、続く。俺とは形も、大きさも違う、ジャンさんの足跡。
「可愛い…」
ジャンさんには聞こえぬ声でふふっと笑いながらぽそりと呟く。
この足跡に自分の足跡を重ねてみたらどんな気持ちになるのだろうか。ふいにそんな考えが過ぎって試してみたくなった。
しかし足跡とはいえジャンさんを踏むなんて事は出来るはずもなくて、理性と欲望の間でどうしようかと葛藤していると、ふいに「ぶぁっくしょんッッ!!」という声が聞こえて慌ててジャンさんに視線を戻す。
前のめりになっていたジャンさんが目に入り、俺は慌ててジャンさんのもとへ駆け寄った。
「ジャンさん…!」
「うー…、やっぱ寒ぃな」
ずずっと鼻をすすってははっと笑いながら、ジャンさんは自分の身体を温めるように自信を抱きしめるようにしながら掌で身体を摩った。
寒そうなジャンさんを少しでも暖めようと、慌てて巻いていたマフラーを外し、ジャンさんの首へと巻きつける。
「いいって!それだとお前が寒いだろ?」
「いいえ、俺の事はいいです」
「よくねぇだろ。風邪引いたらどうすんだよ」
それでも、ジャンさんが引くよりも俺が引いたほうがマシだ。カポであるジャンさんに風邪を引かせるなどあってはならない。
頑として譲らない俺に、ジャンさんは諦めたような溜息を吐いて俺がしたいようにさせてくれる。
不恰好な出来ではあるが、ジャンさんの首に巻き終えて小さく溜息を吐いた。
「これで少しは暖かくなりましたか?」
「…ん。グラッツェ、ジュリオ」
しかし、何かを思いついたようにアッとジャンさんが声を上げると俺が巻いたマフラーをくるくると外していった。
「じゃ、ジャンさん…?」
もしかして不恰好な巻き方が気に入らなかったのだろうかとしゅんとすれば、ジャンさんは俺の思惑に気付いたのか、笑いながら「違う違う」と手を振った。
「ジュリオ、もうちょっと近づけ」
「え…?」
ぱちりぱちりと何度か瞬きし、言われた通りにジャンさんとの距離を縮めると、首にマフラーがかかる。そしてジャンさんの首にも。
俺が驚いている間に、マフラーはくるくると俺とジャンさんの二人を包み込んだ。
「ジャン、さん…? これは、一体……」
「これなら二人とも寒くねーだろ?」
そう言って笑うジャンさんが俺の手を握ってくる。
それに視線を落とし、そしてまたジャンさんを見ると、「な?」と笑いかけてくれる。
服越しに触れる肩、繋いだ手からじわりじわりと身体だけではなく心まで温かくなるようで、ジュリオは自然と笑みがこぼれて「はい」と答えた。
こんな寒い雪の日も、ジャンさんとこうして過ごせるのなら、それは俺の人生のかけがえのない宝物だった。