「る」がつく奴
目が自然と流(あいつ)川を追ってしまい、俺は頭をブンブンと振った。
流川は見事なドリブルさばきから、華麗に３Ｐショートを決める。
悔しい、実に悔しいが、女どもがコイツを見てギャーギャーと騒ぐのも分かる気がする。
「フン！」
俺は鼻を鳴らし、流川から視線をそらせ地味にドリブルの基礎練をはじめた。
こういうのはかっこ悪いから、あまり人には見られたくない。
だからわざわざ居残ってるっつうのに。
「おい、もっと腰を落とせ！どあほう」
流川が俺のケツに蹴りをいれる。
そのまま、俺はバランスを崩し、床で顔面を強打する。
「ふんぬー！」
そして後はお決まりのパターン。
俺は流川を盗み見る。
基本無表情で無愛想な流川の考えていることなど、俺にはちっともわからないが、なんだか最近流川が妙に楽しそうだと感じるのは、俺の思い過ごしだろうか。
体育館の後片付けを追え、帰路につくも流川はさっさとチャリで帰ればよいものを、それを押しながら俺についてきやがる。
「ああもう！俺様の前を歩くな、目障りだ」
「うるせー、お前が勝手に俺の前を歩いているだけだ」
そんなやり取りがあって、ほいで俺の家の前まできたら
「じゃあな」と流川は小さく呟いて下を向く。
「おお」と俺は短く応じ、下を向いて自転車に乗る流川を俺もついつい見送ってしまう。
女子内での流川の人気は日を追うごとに勢いを増していく。
そして俺は体育館の隅っこでドリブルの基礎練。イライラは募る。
流川が宙を舞い、華麗にシュートを決めるとまたも女子の黄色い声援が館内に沸き起こった。
ゴゴゴゴ…
体育館の重い扉を閉めてやると、女子たちの非難が沸き起こる。
「桜木君」
反対側の扉から今度はハルコさんの声がした。
「ハ…ハルコさん」
ほんわーと微笑むと、今度は流川がその扉を閉めやがった。
「なにしやがる！」
「気が散る」
「ふんぬ〜！」と叫んだ瞬間、赤木(ゴリ)の拳骨が頭部に炸裂する。
痛みをこらえる俺をおいて、流川はさっさとランニングを始めてしまう。
練習の後で、ハルコさんが遠慮がちに流川にタオルを手渡した。
「あの、流川君もしよかったらこれ使って」
「イラナイ」
流川がフイと顔を背けた瞬間、俺はいつもの馴れ合いではなく、本気で流川を殴っていた。「てめー、ハルコさんの優しい心を！」
殴って、頭突いて…気がついたら流川の額からどくどくと血が滴り落ちていた。
「痛てーじゃねーか、この」
流川の強烈な一発を顔面に喰らい、一瞬眩暈を覚えた。
鼻に生暖かい感触を覚え、掌で拭ってみると、べっとりと血がついていた。
「上等じゃねーか」
と応じたとき、またも赤木(ゴリ)のゲンコツが頭部を襲う。
そして―――
俺たちは罰として、その日体育館の掃除を言いつけられた。
「謝らねーからな！」
俺は頬を膨らます。
「ふ〜、やれやれ」
流川はそういって黙々と床のモップがけを始める。
ちくしょー気に入らねー。
俺が好きなハルコさんは、流川のことが好きで…
でも流川はハルコさんに冷たい。
好きな人に冷たくされて、傷つく思いは嫌と言うほど体験している。
ハルコさんがそんな思いをするのは嫌だった。
だけど―――
ハルコさんと流川がくっつくのを見るのは…
堂々巡りだ。
「ああ、もう！」
俺は赤い頭を掻き毟り、そして言ってしまった。
「お前なんでハルコさんに冷たくすんだよ！ちっとはハルコさんの気持ちも考えろよ！」
「どあほう」
「なっ」
流川の瞳に剣呑な光が宿る。
「お前はハルコさんとやらの気持ちとやらばかり考えているようだが、俺の気持ちは考えたことがあるのか？」
「はあ？流川の気持ちだあ？
なんだお前好きな奴いるんか？」
完璧男の弱み、純粋に好奇心が沸いた。
「ほれ、いってみ、いってみ、誰にも言わねーって」
俺はダンボの耳をして流川に近づいた。
「じゃあ、目ぇ閉じろ」
「え？ああこうか？」
俺は言われるまま目を閉じた。
刹那―――
「○×△！！！」
アイツ、俺にキスしやがった…。
少し長めの前髪から覗く流川の目は真剣(マジ)で、
俺は情けなくもその場で腰を抜かしてしまった。
―――好きだ、どあほう―――