<10.23>private season<sample>
対等でいたいわけではない、それはおこがましすぎると言うことぐらい分かっている。けれどここまで甘やかされてもいいのだろうか。
―――何かが不満なのだ。自分でもよくわからないのだけど、誰かに怒られそうな事を考えながら僕は今日も今日とてインターネットの海に漂う。春先は買い物をしたり散歩をしたり、幾分行動的な生活を送っていたが、猛暑が幅を利かせるこの季節はそうもいかない。冬休みの頃と同じようにひきこもる日のほうが多くなってきてしまっている。
こんな暑い中朝からずっと歩きまわって、静雄さんは大丈夫だろうか。いくら体が丈夫にできているからと言って、熱中症にならないわけでもないだろうに。じりじりと大地を焼き尽くす太陽をちらりと眼の端にとらえながら、僕は朝から静雄さんの事ばかりを考えている事に気がつかない。
夏休みはあと二週間ほど残っていたが、学校から出された課題はほぼ全て終わっていた。高校生ともなると小学生の頃僕の頭を悩ませた自由研究だとか、中学校の頃の夏休みを憂鬱な思い出で締めくくってくれた創意工夫コンテストとか、そういった大人の悪ふざけとしか思えない宿題は無いので楽勝だ。
細々としたネット上の『アルバイト』をこなし、静雄さんから今日の帰りは早いと告げられていた事を思い出した僕はパソコンの電源を落とした。ポケットに財布と携帯を突っ込んで、ビーチサンダルを引っかけて部屋を出る。僕専用のものになってしまった合鍵で鍵をかけて、階段を降りた。クーラーで程良く冷やされていた身体があまりの外気にふらつきそうになって慌てて力を込める。三時を少し過ぎたところだったので暑さも少し衰えているだろうと見越してのことだったが、少し早すぎたかもしれない。僕らしくなく、気が急いている。もし―――もし万が一、偶然だ、仕事帰りの静雄さんと会う事が出来たら。ついでに、一緒に夕飯の買い出しをしてもいいかもしれない。あくまでもついでに、だ。家で待っているのが厭になったわけではない、けして。
「急にアイスが食べたくなっただけ、だし」
ビーチサンダルは失敗だった。焼けるように熱いアスファルトと素足を隔てるものがゴム一枚だなんて無謀すぎた。ぽたり、と汗が顎から落ちて、灰色のアスファルトに落ちる。じゅっ、という水分が蒸発する音が聞こえるかと思ったがそこまででもない。
「今日、まだ一度も外に出て無いとか…不健康だから」
あついあついあつい。けれど、ひたすら足を進める理由。アイスが売ってるコンビニを過ぎて、涼むのに最適なドラッグストアも過ぎても、僕は立ち止まる気にならない。『今日は本屋の横で最後だから、四時ごろには帰れるかもしれない』―――頭の中にちらちらと浮かぶのは先ほど受信したばかりのメール、差出人は言わずもがなだ。
咽がからからに乾いていて、流石にどこかの自販機でジュースでも買おうかなと思いながら視線を彷徨わせる。静雄さんが熱中症にならないかなどと心配している場合ではない、今まさに僕が危ないんじゃないのか。そうだ、この先の酒屋の自販機は100円のジュースが売っていたっけ。…こんな時まで貧乏性が抜けない。あつい。
「帝人?」
あ、やばい幻聴だ。熱中症、その三文字が頭の中にぐるぐると回る。静雄さんのアパートを出てからまだ三十分も歩いていないのに、なんてことだ。もっと日頃から運動しなくちゃ駄目だな。
「おいお前、何やってんだ」
汗で背中に貼りついたTシャツが気持ち悪い。汗をかくのも久しぶりかもしれないな、と思ってまた反省。健全な高校生男子といえない生活だったなあ。
「おい!」
「ひゃあ!」
近くで声がして、ついでに頬に冷たい何かが当たって、思わず僕は飛び上がってしまった。
「ししししずおさん?!」
作品名:<10.23>private season<sample> 作家名:卵 煮子