爪繕い
まぁ、冷静になってみると何でそうなったかはきいてくれるな。
あまり本題に関係ないので。
俺と古泉でなにやらじゃれあいというか戯れというか、ああ何か取り合ってたのかもしれん。
で、お互い追いつ追われつして、古泉が足をぶつけたのだ。
テーブルの脚に、足の小指を。
「うっわ…古泉、大丈夫か?」
ぶるぶると小刻みに震えている様子からかなりの衝撃であることは容易に理解できる。
ぶつけたらしい左足の指を手で包み込み、必死に痛みに耐えているようだ。
「あー、とりあえず、痛みが落ち着いたら靴下脱いで見せてみろ。爪が割れてないか見るから」
足の小指を思いっきり打ちつけたときの痛みがどれほどのものか、俺だってよーく知ってるさ。
一度ひどく打って爪が割れかけたときはマジ泣き寸前だったぞ。
しばし待って、ようやく痛みが落ち着いてきたらしい古泉がのろのろと、そしてこわごわと靴下を脱いだ。
「んー…まぁ、割れてはいないみたいだが、つか、爪伸びすぎじゃないか?」
靴下を脱いだ古泉の脚はやけに白く、指の爪にいたっては下の色が透けて見えるようなピンク色だった。
爪の形はよく整っていて、艶もでている。
まさか爪の手入れとかまでしてるのか?
の、割には爪の先にある白い部分の幅はちょっと広く、そろそろ切るべきだろうな、と思わせた。
「指の爪と違って切りにくいので中々…」
「切ってやるから爪切り貸せ。どこに置いてる?」
「ええとそこの引き出しに…自分で切りますからお気遣いなく」
「いいから」
なんとなく、いつもの調子と違うのはやはり痛みが尾を引いてるのか?
結局、古泉は俺に大人しく足の爪を切らせた。
「こんなもんか?」
「お手数おかけしました。ありがとうございます」
ひとまず短く切りそろえて終わり。
多少がたついているが仕方ない。
人の足の爪なんて正直初めてだからな。
だが…
「…どうかしました」
「古泉、爪ヤスリあるか」
「ええ、ありますけど…あの、そこまでしていただかなくても」
「いいから」
せっかく整ってたんだから、徹底的にやらないと勿体ないな。
といっても俺は古泉みたいに爪にヤスリをかけるなんてまずやらないから、切り口のガタついてるのを整えるぐらいしかできないだろうがな。
しかし、古泉は困ったように微笑むだけで教えない。
何を遠慮してるんだか。
仕方なく勝手に探したが、あっさり爪切りと同じ引き出しに入っていた。
「ほら、もっかい脚貸せ」
「…」
観念したような溜息。
何だそれは、失礼な奴。
古泉の足下でさっきと同じく胡坐をかき、足の裏を掴んでつま先を見えやすいよう上向かせた。
取り敢えずはやりやすそうな親指からだ。
さりさりさり、とあまりヤスリらしからぬ軽い音が室内には響いた。
かなり目の細かいヤスリは正直こすってもあまり変わらないようにも見えたが、うっすらと粉のようなものが出ていたからちゃんと機能は果たしているらしい。
爪の山を何往復かしてこんなもんか、と息を「ふっ」と吹きかけ、削って出た粉を飛ばした。
ら、
「っ…!!」
古泉が息を詰めて、俺に持たれていた足を自分の方に慌てて引き寄せた。
その反応に多少驚きつつ、それでも文句を言おうと顔を上げて、古泉を見た。
「古泉」
「あ、あの、やっぱり、もう…」
あからさまにしまった、という顔。
僅かに赤くなった頬。
それから、どうにか取り繕おうと焦りの浮かぶ笑みを顔面に貼り付けた。
わかりやすい顔だ。
「暴れんな。おとなしくしてろ」
とりあえず文句を言うのはやめた。
古泉はそれでも「やっぱり…」とか「でも…」とかしどろもどろに言い募ろうとしたが結局まともな言葉にならず、大人しくなった。
正直この反応は面白い。
足の裏などは大抵の奴が敏感で触られたらくすぐったかったりするものだが、古泉もご多分に漏れずそうらしい。
先ほどは意識せずに爪を切っていたが、今ならわかる。
わざと足裏の、普段地面につかない部分をそっとふれてみたりすると、僅かながらにびくりとして足を引きかける。
それを悟られたくないのか、古泉は息を詰めてそれを抑えようとするが、足の爪を一生懸命な振りして手入れしている俺には丸わかりだ。
ヤスリをかけることで出てくる削れた粉をふっと吹けばよりわかりやすい反応が返ってくる。
反対側の足に入った頃には古泉が恨めしげな顔で俺を見てくるから、たぶん俺がわざとそういう風にしているのにも気づいたのだろう。
気づいたのがわかったところで止める気はないが。
「あの、もう…」
「もうちょっとだから待てって」
あとはこの小指で終わりなんだ。
自分で言うのもなんだが、それなりに綺麗にしてやれたと思うんだぜ。
中々に楽しかったしな。
なんなら今度からお前の足の爪きりと手入れは担当してやっても良いくらいだ。
「遠慮しておきます。おもちゃがわりにされてはたまりません」
そんなかわいくない言い方をされたものだから、俺はつい、終わったばかりの小指の爪をふっと強く噴いて、それから更に顔を近づけた。
「…っな!」
ぱくり、と古泉の足の小指に食いつき含んだ口内でべろりと舐めてやった。
今日一番の顔の赤さでもって古泉はその驚愕っぷりを表現し、そのまま足を引き寄せる事は容易に想像がついたので、ぱっと解放してやった。
ら、
がつんっ!
勢いが付きすぎたせいか古泉はまたも足をどこかにぶつけたらしい。
因みにぶつけた部位はどうやら脛のようだ。
これがどれほどの痛みか。
足の指を打ちつけたときと同じかそれ以上の痛みが古泉を襲ったのは想像に難くない。
むしろこっちまで痛い。
なので、このあと俺が怒られるのは当たり前とも言うべきで、そうなった原因である自覚がないわけではないので俺をそれを甘んじて受け入れておこう。
すまん、古泉。今度は真面目に爪切りするよ。
end