こころをこめて、こころをつつんで
全ての始まりは少女趣味を隠したい一心からデザイン画をサボりまくっていたせいで無自覚の露出狂だった宮田春希を更生させるために校内ファッションショーへ強制参加させられたことだ。あの時の宮田は輝いていた、とてもその日まで服らしき服を着たことがないような露出狂だったとは信じられない程に椛の作った服を着こなしていた。凄い歓声だから、椛が頑張ったから、と彼が泣いていた。あの日のことは一生忘れないだろうと思う。
まあ忘れられないという方が正しい、宮田は露出狂から女装癖へと変化した。
否、正確には宮田は女装癖ではないのかも知れない。彼は椛の作った、椛の好きな服を着たがる。椛の好きな服は少女趣味を全面的に主張する、それを着たがる宮田は結果として女装癖とされた。ただそれだけのことだ。
しかしそれだけで片づけられるような問題ではない。あれ以来、宮田は椛の作った服しか着ない。椛が作っても少しでも手を抜いたり好きでもない服だったりすると着ない。因みにこの『好き』の主語に当たるのは宮田ではなく椛だ、彼には趣向の主体性がないらしい。だというのに宮田は椛が作ったそれではない服、椛の手製ではあるが手を抜いた服、椛が好まない服を百発百中で拒絶する。拒絶した先は以前のマフラー1着に逆戻り、彼にとって服は着たくないなら着なくて良いものと定義されているらしい。露出狂よりは女装癖の方がまだマシだということで椛は宮田の服を作り続けることになってしまった。課題の提出にも影響が出ているにも拘わらず、問題児の対応を任せられたせいか教員達も期限に煩くない。完全に押し付けられた、と苛立ちに身を任せてミシンのペダルを踏み込めば、ダダダダッ、と勢い良く音を立てて針が動いた。
これも宮田の服である。そして相変わらず布の多いふわふわでフリフリな少女趣味全開の服が出来る工程を、少女趣味全開の服を着た成人男性が待ち遠しそうに眺めている。何故にこんなことをしているのか、と頭が痛くなった。
「椛ちゃん、大丈夫?」
アンタが原因だ、と言ってしまいたかったがこの純粋培養の馬鹿は椛の負担になっていると思えば、マフラー1枚で構わない、と言い出すのだろう。構うのは周りで彼ではないことを全く理解していない。
「椛ちゃん?」
何度も言うが宮田の服はふわふわでフリフリな少女趣味だ、元は椛の趣味なので辛くはないが作るのに手間も暇もかかる。課題の提出期限を緩く設定して貰えるのはありがたいが、如何せん他の学生から反感を買うような事態は避けたい。それに宮田は常識からすれば変態だが顔と性格は良い、一部の物好きな女子からは好かれているので彼の服を作りたがる者も現れておかしくはない。彼の服を理由に課題の提出期限を無視するなど本来ならば許されることではないのだ。
「……宮田くんは、着てみたい服とかないの?」
宮田はきょとん、と首を傾げている。
「椛ちゃんの服」
次いで満面の笑み。
一気に涎が出たがここで退いてはいけない。今はまだそう言っていられるから良いが、今後を考えるとまともな服を着せてやった方が彼のためにもなる。
「そうじゃなくて」
「椛ちゃんが、僕の為に、僕のことを考えながら作ってくれる服」
「……え?」
しかし予想外の返答に言葉が詰まる。
「椛ちゃんが僕を見て、僕からイメージしてくれる服が着たいよ。それだけで良い。それ以外は二の次なんだ」
宮田はいつになく真剣だ。
「椛ちゃんが心から好きな、僕のことを考えて作ってくれる服なら何でも良いよ。少女趣味でも、紳士服でも」
何だそれ、と椛はミシンを扱う手を止めた。顔が熱い。今の台詞を男性的な服装で言われたら、と思うと居た堪れない。なんてことを言うんだこの天然め、と言ったところで天然は天然だから首を傾げただけだろう。
ズルイ。
椛が勝手に恥じ入っているだけで、当の宮田はなんとも思っていないに違いない。面白くなくて宮田を睨むも先程の真剣な表情は何処へやら、彼はいつものふわふわと柔らかい笑顔を浮かべている。
「だって大好きな椛ちゃんの服だもん」
ボンッ、と椛の思考回路がショートした。
もん、とか語尾につけるな可愛いだろチクショーこれだから天然のイケメンは!!
心中で叫んで以降、一時的に記憶がない。
余談だが犠牲者を出さないために椛は相変わらず少女趣味な服を作り続けている。
別に、宮田の笑顔を独り占めしたい、とか、そんなことは、ない。
作品名:こころをこめて、こころをつつんで 作家名:NiLi