めずらしいもの
昼食後の会議直前。
いそいそと会議室に向かおうとしていた宰相を呼び止めた。
くるり、と振り返ったその顔には、見慣れないものが。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・」
お互い、無言。
しばらく私は相手の顔を凝視していた。
横を、何人かの兵士達が頭を下げて通り過ぎる。
まだその時間ではないが、会議が迫っている。
じっと佇む王と宰相をおかしいと思ったのか顔を伺う様に
してゆく者も見られた。が。我々は動かない。
「・・・・・・・・・何か御用ですか」
いつまで経っても言葉を発しない私に焦れたのか
ウィンガルの方から口を開いた。
私は目を逸らさないまま言う。
「・・・・・・プレザが」
プレザ、と聞いてウィンガルの眉が跳ね上がる。
名前だけでこの反応。
仕事をする上ではうまくやれていると思ったのだが、
どうにも色々反りが合わないらしい。
まあそれはともかく。
「プレザが、お前の顔を見るといいものが見られると言ったのでな」
昼食時に私と同じテーブルに着いたプレザは極上の笑顔で
『お暇があったらウィンガルの顔をご覧になって下さい。イイもの見れますよ』
と意味ありげに言ってきたのだ。
そして食事後に上手いことウィンガルの姿を見つけて、今に至る。
「いいもの・・・?まさかこの眼鏡のことですか」
そう、イイもの、とは眼鏡のことだ。
ハーフフレームの眼鏡はすらりとした奴の顔をより際立たせている。
普段眼鏡などかけない者の眼鏡姿は
まさに一見の価値あり、と言ったところか。
「・・・それで・・・わざわざ呼び止めたと?」
眼鏡の奥の瞳が眇められる。
もともと鋭い眼光が更にきつくなっているのは気のせいではないだろう。
そんなつまんねぇことで呼び止めるな。
と、目が語っているが指摘しない方が身のためだ。
私はこくりと頷き、肯定する。
するとはぁぁ、と大げさなため息が聞こえた。
「・・・・呆れた男だ」
言葉が砕けている。
普段廊下でこのような言葉遣いになることはない。
いつの間にか兵士も通らなくなった廊下には私と奴の二人だけ。
この状況も態度の変化の一端かもしれないが。
まあ・・・余程呆れられたか?
「酷い言われ様だ」
「こんなものより、今日の執務のことをお考え下さい」
「こんなものとは聞き捨てならんな」
話は終わりだと言わんばかりに私に背を向けたウィンガルに
少し低めの声で言うとその背がピクリと硬直する。
固まったウィンガルに近づくと、背後から耳に
ふぅ、と息を吹きかけてその手触りの良い髪を散らす。
「私のものにそのような言い草、認められん」
からかいと本音とを混じらせ、耳元で囁けば瞬時に耳が赤くなる。
これはこれでまた珍しい。
こんな真昼間から耳を赤くした奴が見れるとは。
「ッ?!!!だ・・・誰がお前のものだ・・っ」
「不思議なものだ。眼鏡をかけただけで、雰囲気が変わる」
こちらを見もせずに唸る宰相の眼鏡の蔓から耳にかけてを
つうっ、と人差し指でなぞってやると
びくりと肩が跳ね上がる。
指をそのまま顎に伝わせ、こちらを向かそうと力を込めたが
ウィンガルはその顔を隠すように頑なに向かない。
「よく見せろ」
「・・・ば・・・バカを言うな・・・ッ」
いつもの良く通る声からは想像も出来ないくらいの
小さな声でそれだけ言うと、私の手を思い切り払い除け
荒い足取りで会議室へと向かってしまう。
瞬間、垣間見えた茹蛸のような真っ赤な顔は
本当に珍しい以外の何物でもなく。
「・・・・・・確かに・・・珍しいものが見れた・・か」
ぽつり、と呟いた私の耳に会議開始の鐘の音が響いた。