平行線上の邂逅
冬と比べ暖かくなったとはいえ、まだ気温自体はそれほど高いものでもない。コートにマフラーを巻きつけた幾人もの人が何かにせかされるように幸村を追い越しては電車の口に乗り込んでいく。乾燥した空気が鼻先をこすり、幸村は小さくくしゃみをした。美術館までは案外に遠い。地下鉄で三十分、さらにバスで十五分。観光地が近くにあるためバスはいつでも満員だ。二本見送ってようやく乗り込んだバスの中では、後ろから無理やり体をねじ込ませてきた初老の男性の香水がきつく漂う。春の散策バスツアーと書かれたチラシが枠からはみ出しつり革を掴んだ腕の前でぴらぴらと揺れていた。今年のサクラはいつごろ咲くのだろうかと、幸村は考える。
開館の時刻は十一時、幸村がそこに着いたのは開館時刻を二十分過ぎたころ合いだった。この美術館は本館別館からなり、幸村目当ての彫刻専攻の展示があるのは別館である。取りあえず本館に足を向けると、入ってすぐの入口のところに愛想のいい関係者らしい受付の女性がパンフレットを差し出してきた。常設展もありますので、という言葉に笑顔で対応し、受付から少し離れた場所で受け取ったばかりのパンフレットをひらく。ポップな色彩で描かれた美術館の簡易地図の中の本館二階の展示ブースに幼馴染の名を見つけて少し笑った。俺様こう見えても真面目だから、と嘯いた幼馴染の顔を思い浮かべる。そういえば正月に毎年開かれる道場での祝いの席以来姿を見ていない。元気にしているだろうかと、パンフレットに目を滑らせながらぼんやりと思った。
ところどころニスの剥げたところのある手すりに指を滑らせながら、まずは二階の展示ブースへと向かう。もともとそんなに時間をかけて回る気もなく、目に留まるものがあれば足を止め、それ以外はキャプションすら読まずに通り過ぎた。ぐるりと作品に目を向けながら部屋を二つほど通り過ぎた時ようやく壁にデザイン学部という文字を見つけた。ここだ、ともう一度パンフレットを参照する。41と黄緑のラインで書かれた数字の横に猿飛佐助の無機質な文字の羅列があった。部屋の中はまるっとどこかの店の展示場のようであり、さすがにデザイン専攻というべきか。幼馴染の作品は部屋の隅にあり、ロケットを模したよくわからない自転車と(でかでかと時速60キロと書いてある)新機能炊飯器とどこかのうたい文句に飾られたやけにスタイリッシュな炊飯器の間に肩身が狭そうに置いてあった。主張は少ないが、シンプルで好きだな、というのが幸村の印象である。幼馴染の作品は綺麗に並べられた正方形と円形で作られた、食卓の小物だった。オブジェとして置くのもよし、使ってみれば多機能でと、そういうことらしい。触らないで下さいとなぜか手書きで書かれた紙を見て、また少し幸村は笑った。
そのまま流れで2階を全部見た後、1階に展示ブースに足を運んだ。パンフレットには日本画専攻油画専攻と黄色い字で書いてある。左側の通路から入った一番目の部屋はやけに天井が高く、いくつもの油彩画が飾られていた。非常に大きいものから、はがきサイズの小さなものまである。幼馴染から、専攻の中でも特に自由度が高いと聞いていた通り、各作品に定まった統一性は感じない。そこが良さでもあるのだろうと思いながら作品を回って、ふと、幸村が足を止めたのは1階展示スペースの隅にある小さな部屋だった。パンフレット上には一人の名前しかなく、色から見てまだ二回生なのだがやけに展示スペースが広い。怪訝に思いながら扉がわりになっている遮光カーテンをくぐると、なかには光源を高い天井からの光と数個のスポットライトに絞った、不思議な空間が広がっていた。奥の壁には縦長なパネルに白と青と黒のみで書かれた滝のような、生き物のような、そんな絵が飾られて、他の壁には大体四十センチ四方の正方形のパネルが六つ、極彩色で彩られていた。激しいようで繊細な筆跡がいくつもの筋のように広がっては収束している。水のようだ、と幸村は思う。あるいは雨、と続いて考える。幸村はにわかにいきをとめ、それから吐く。時間すらも忘れ去ってその絵を眺めていた。流線が蠢く様に心を奪われる。果して、その表現が正しいのか幸村は知り得ない。
どれくらいか立ち竦んで、ふと、名前はとおもう。作品の右下に置かれたキャプションには平行へと向かう流路と簡素に題が書かれている。下にはテンペラ、油彩、と続き、そしてさらにその下に黒に近い青い字で伊達政宗と書いてあった。伊達、政宗、幸村は口の中で数回その名を呼ぶ。しんと静まり返る小部屋にはそんな声すら大きく響いて、どこか懐かしいように自分になじむのがひどく不思議だった。