ハロウィンつめあわせ
Garden(アマしえ)
祓魔用品店フツヤマには草木の生い茂る広い庭がある。
その庭に、フツヤマの女店主の娘である杜山しえみが立っていた。
しえみの頭上には夜空が広がっている。
夜の帳の落ちる中、ぽつりぽつりとある街灯があたりをぼんやりと照らしている。
しえみは正十字学園の制服を着ている。
学園から家へと帰ってきて、亡き祖母から受け継いだ大切な庭を眺めているのだ。
その表情は優しい。
「こんばんは、しえみ」
アマイモンは木の枝からピョンと飛び降りて、しえみの正面に着地する。
「ハロウィンなので、ちょっと遊びに来ました」
眼を丸くしているしえみにアマイモンは告げる。
「Trick or treat?」
すると。
「ちょっと待ってて!」
しえみはそう言うと、くるりと身をひるがえして家のほうへと走っていった。
追ったほうがいいのかアマイモンは迷ったが、とりあえず待つことにする。
少しして、しえみがもどってきた。
アマイモンの近くまで来ると足を止め、うつむいて、息をつく。
走ったせいで疲れたのだろう。
だが、その顔があがる。
「Happy Halloween!」
しえみは笑顔をアマイモンに向けて言った。
同時に、手に持っている物をアマイモンに差しだした。
キャンディの入った袋だ。
「……悪魔に対して、そんなに無防備でいいんですか?」
アマイモンはしえみに問いかけた。
しえみの無邪気な対応が気になった。
自分が心配することではないはずなのに。
しえみは笑顔のままでいる。
「ジャック・オー・ランタンの話を聞いたわ」
お化けカボチャのことである。
オレンジ色のカボチャをくりぬいて眼や口を刻んで内側から照らす、ハロウィンのシンボルのようなものだ。
「昔、ウィルっていう口のうまい男の人がいて、その人は死んだときに、天国に行くか地獄に行くか判定する聖ペテロをだまして生き返ったんだけど、また死んだときに、聖ペテロから天国へも地獄へも行くことをゆるさないと言われて、暗い闇の中を漂うことになった」
ジャック・オー・ランタンの由来の話だ。
もちろんアマイモンは知っているが、黙って聞いている。
「だけど、悪魔はそれを見て、可哀想に思って、地獄の劫火から石炭をひとつ取りだして、灯りとして、あげた」
しえみはふんわりと優しく笑う。
「悪魔もだれかを可哀想に思って親切にしたりするのね」
それでも、しえみは無防備すぎるとアマイモンは思う。
自分はしえみを襲ったことがあるのだ。
しかし、アマイモンはそれを言わずにおく。
アマイモンはしえみが差しだしている袋を受け取った。
しえみはニコニコしている。
「このお菓子、おいしいのよ」
「知っています」
アマイモンは袋を開け、中からひとつ取りだす。
それから、紙の包みも取って、キャンディを口の中に放りこんだ。
とろけるような甘さだ。
「うまい」
正直な感想を言った。
しえみは嬉しそうにしている。
その顔を見ていて、ふと、アマイモンは思いついた。
「……それでは、お礼をしましょう」
礼をする必要はないと思う。
だが、なぜか、なにかをしたくなった。
アマイモンはしえみの顔に向けていた眼を庭のほうにやる。
そして、悪魔としての力を使う。
自分は地の王だ。
「わあ……!」
しえみが歓声をあげた。
庭の草木の花が一斉に咲いたのだ。
この季節には咲かないはずのものも花開いている。
薄闇の中で色とりどりの花々がほのかな灯りのように咲いてる。
「綺麗」
しえみは奇跡のような光景に見とれている。
その顔をアマイモンは眺める。
どうしてでしょうね。
甘いお菓子を食べるより、あなたの喜ぶ顔を見るほうが嬉しい、なんて。
作品名:ハロウィンつめあわせ 作家名:hujio