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変形する日常

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目の前の人間を、この上もなくうざいと思ったことはあるだろうか。
 俺はある。というか、正直、俺の周りにはため息を洩らさざるを得ないようなうざい人間が多い。筆頭がハルヒであることは言うまでもないが、谷口も別の意味で時折うざいし、妹も相当うっとうしい。だからといってそいつらのことを嫌っているわけではないし、俺にはないその性質――自分の欲求に正直であることとか、愛されている自信とか、あるいは、自分が人生の主人公であると疑わないずうずうしさであるとか――を少しばかりうらやましいと思うこともある。
 が。
 今回ばかりは別だ。俺は目の前の、いかにもな微笑にいかなる良点を見つけることも出来ずにいた。当然だろう。俺は、ハリウッドの超有名監督によってプロデュースされ、映画化された、元ロボットアニメの話をしていたのであって、決して、閉鎖空間限定超能力者について語っていたわけではないのだ。
 八十年代半ばから続くそのシリーズは、俺も知るところではあったし、子供の頃、アニメにもおもちゃにも世話になった。俺の頃はアドリブ満載のテンションの高い声優の演技が売りのシリーズだ。数年前、妹の付き合いで見るともなしに見ていたアニメが同じシリーズと気づいたのは、主人公のロボットの名前が同じだったからだったが、あれはどうなってるんだろう。見てるほうもそうだが、登場人物内部でも混乱せんのだろうか?
 まあいい。その、何の期待も持たずに見ていたアニメが、素晴らしくおもしろかった。毎回見ていたわけではないので、シナリオの細部はわからなかったが、死の間際、愛する者を守りたいという願いを込めて放たれたレーザービームが、一閃、宇宙空間を切り裂き、しかし力いたらず強大な敵に至ることなく消えていったシーンは、その直前の戦いの意味や意義もあいまって、すでにある程度アニメから離れていた当時の俺の胸をも打ったのだ。
 俺がその映画を見に行こうと思ったのは、タイトルと共にそんな様々な記憶がよみがえったからだった。上映時間を確認したとき、その長さに不安を覚えたが、途中からそれは杞憂であったことがわかった。シナリオ的には大味だし、つっこみどころを探せばきりがなかったが、本物のアメリカ空軍が協力したと言う戦闘シーンはやけにリアルだったし、なにより、見せ場のひとつであるロボットの変形シーンが本当にすごかった。懐かしい音と共に、滑らかな、なおかつ無駄のない動きで、車や戦闘機から二足歩行の巨大ロボットに変形する様は、その生き物が現実に存在してもおかしくないような、そんな存在感すら持ち合わせていた。
 もっとも、対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースなんてものが存在するわけだから、超ロボット生命体がいたからといって驚くほどのことでもないのかもしれないのだが。
 ともかく、映画館を出た俺は、その足でおもちゃ屋に向かった。案の定、店には変形するトレーラートラックが、カマロが、ラプターが……その他諸々、映画では見られなかった機体までずらりと並んでいた。勢いにまかせ、そのうちのひとつを買ったからといって誰に咎められよう。俺が見積もるに、日本人男性の約八割は、二足歩行ロボットと言う益体もない呪いにかかってしまっているのだから。
 それでも、俺はそのおもちゃを学校に持っていって見せるほど理性を失ってはいなかった。休日は何をしていたんですかと言う古泉の問いに、映画の話をしただけだ。確かに、俺にしては珍しく、少し熱く語っていたかもしれん。が、話に乗り、ぜひそのおもちゃを見せてくださいと言ったのは間違いなくこいつなのだ。
 俺は機嫌よく古泉を部屋に入れ、ロボットモードに変形させたMH‐53を手渡してやった。俺の、変形させてみろよ、という言葉に、遠慮しておきましょうと答えた古泉は、すぐにそれを机の上に置いてしまった。興奮に水をかけられたような気がして、少々鼻白む。何しにきたんだ、こいつは。
 古泉は机の上に置かれたロボットを人差し指で触りながら、
「変形するものがお好きなんですか?」
と俺に問うた。
「というか、変形とドリルが嫌いな男子は少ないと思うが」
「なるほど」
 したり顔で頷いた古泉は、下級生なら恋心を抱くであろうような柔和な笑顔を浮かべ、
「では、ぼくはあなたに好ましく思われていると受け取ってよい、ということですね?」
と、言った。
 俺の眉間にシワが寄ったのは言うまでもない。ついでにいえば、開いた口もふさがらなかった。怪訝な顔でポカンとする俺を見て、俺の疑問というか……心境がわかったのだろう。古泉は笑顔を崩さずに、こう続けた。
「空間限定ではありますが、ぼくも変形可能です。ロボットではなく、赤い球ではありますが。そういう意味では、ぼくも、一種のトランスフォーマーと言えるのではないでしょうか?」
 俺は開けた口をふさぐための方法を忘れそうになった。じゃあ何か、おまえはあの、妙な機械音を立てて二段階――あるいは三段階、タカラ狂気の十段変形まで可能だってのか。
「残念ながら僕の変形はほぼ無音ですし、何段階にも変化するわけではありませんが……形を変えるものと言う概念上では、同じと言っても過言ではありませんよ」
「だからなにを言ってるんだおまえは」
「わからないんですか。あなたは僕のことが好きなんでしょう、と言ってるんです」
 もう帰れ、と言っていいだろうか。
「じゃあ、僕と彼らが違うところはどこですか。彼らがあなたに好かれて、僕がそうでない理由は?」
 アホか。お前は人間だろう。俺は超ロボット生命体が好きなのであって、それを、変形するすべてものへ拡大解釈するほうがどうかしてる。そもそも、何で比べたがるのかが理解できん。相手は映画の中の登場人物……もとい、ロボットだ。
「お前の役割は、むしろセクター7の方だろう」
「僕はまだ未見なので、返答はしかねますが」
 眉が少し上がり、声にトゲが感じられた。そこで、俺はふと気づいた。俺とこいつは同い年なのだ。見ていたものも、それに対する感情も、リンクするところがあるのではないだろうか?
「もしかして、お前、誘って欲しかったのか?」
 問うた声に、ぴくり、と肩が動いたのを、俺は見逃さなかった。それに気づいたのだろう、古泉は観念したように大きく息をつくと、忌々しげな表情をした。
「おっしゃるとおり、僕もあなた同様、あのアニメを見て育ちましてね。少なからず楽しみにしていたんですよ。時間ができたら、僕のほうから声をかけようと思っていたのですが、僕には団のほか、機関の活動もありましてね。そのための時間を作ることが難しかった」
 だのに、あなたときたら、僕のことを思い出しもしなかったみたいで、と言う声は、拗ねているようにも自分の嫉妬がバカげていることも重々承知しているのに、制御が利かず、それを恥じているようにも聞こえる。
 俺は思わず噴き出した。
「笑うところではないと思うのですが」
「いやー」
 これは間違いなく笑うところだ。
 そうそうないはずの俺とお前の共通点。
 それは、俺が以前、くだらないと切り捨てたはずのものだ。
 俺は、ああ、俺も変わってんだな、と思った。中学校からの二段変形。否定し、そしてまた受け入れる。
作品名:変形する日常 作家名:ミシマ