ドラマチック
古風な長屋作りの門。そこには『武田道場』と大きな看板が掲げられている。
「So Big...さすが地の雄、甲斐の虎と呼ばれているだけはあるな」
相変わらずでけぇや、と苦笑し、眼帯をした少女は歩を進めた。
入学したての高校のブレザーと、スカートの裾を翻して。
長屋門を抜け、道場の脇を通り過ぎ、奥の屋敷へと向かう。一度父と共に来たことがある。今日は誰もいないのか、道場は静まりかえっていた。
静かな庭に、砂利を踏む音だけが響く。
程なくして、武田の母屋にたどり着いた。
呼び鈴を押し、荷物を持ち直すと、がちゃり、という硬質な音が響いた。
藍の風呂敷包みの中身は真剣。しかも六本もある。なぜか高校生という身分の私が次期当主として継承してしまったウチの家宝だ。いくら長子とはいえ、女の身で実家を継ぐ気はさらさら無い。父が私に英才教育を施してくれた感謝するが、長男である弟・政道が実家を継ぐのが筋であろうとは思っている。
まあ、政道は母に滅茶苦茶甘やかされて育ってしまったために優柔不断だが。
やはりあの時、うまく立ち回ってしまったのがいけなかったのだろうか。
はあ、とため息をつくと、玄関の扉が開けられた。
「おお、これは伊達のご令嬢。良く来てくれた」
胴衣姿の信玄公本人が姿を現した。
「お久しぶりです、信玄公。」
風呂敷を抱えたまま、会釈をする。
パーティーの時もそう思ったが、デカい。この家の主、武田信玄は武田道場の主でもあり、全国でも名高い武術家だ。
「そう固くなることはない。まあ上がれ。」
「失礼いたします。」
靴を脱ぎ、揃えて屋敷に上がる。がちゃり、と重い荷物を持ち直し、信玄の後についてゆく。屋敷内に人の気配は無かった。皆、出払ってしまっているらしい。
平屋造りの、今はあまり見られなくなった武家屋敷のような間取りの家。中庭に面した、奥まった所にある板の間に信玄は入っていった。
慌てて、政宗もそれに続き、障子を閉める。
「して、ワシに預かってほしいモノとはそれか。」
どかり、と上座の椅子に座った信玄の前に、藍の風呂敷包みを置く。
結び目を解き、広げると、がらり、と思い音がして。
現れたのは六本の鞘に収まった刀。
「伊達家に伝わる、龍の六爪……備前の景秀作のものです。」
六刀の中から無造作に一刀を取り、目を細めた信玄は、ほう、と一言を漏らした。
そこから、少し離れた場所に政宗が正座する。
いくら父から譲られたとはいえ、未成年の身では銃刀法の許可証は発行されない。
私はまだそれを持てない、と父に訴えたところ「信玄公に預かってもらえ。確か公の道場がお前の通う学校の近くにあるはずだ」と返された。
信玄公とは、パーティーで何度かお会いしている。その大きな姿と同様に豪放な人で、情に厚い。彼を慕う人間が多いのも頷ける。
すらり、と刀を抜く独特の音がした。居住まいを正し、信玄を見上げる。
ひゅ、と空を切る鋭い音。
「うむ。伊達の家宝として申し分のない名刀よ。」
ちゃ、と刀の収まる音がして、六刀が揃えられる。
「父から話はあったかと思いますが、私が18になるまで、それを預かっていただきたくここに参りました。」
膝の上で左手を上にして重ね、政宗は椅子の上に戻った信玄を見上げた。
「ふむ……輝宗もこれを主の傍に置いておきたいのだろう……」
「はい。六爪の剣術も父に叩き込まれました。」
政宗が苦笑し、困った顔をする。それを見て信玄は顎に手をやり、髭を撫でた。にい、と笑うように歪められた口角に、政宗はぞくり、と嫌な予感を察した。
「少々待っておれ。」
そう言って、信玄は立ち上がり、どこかへと消えてしまった。
待っていろと言われたので待っている他はないのだが、じ、っと目の前に並べられた六爪を見る。
この六本の刀を扱うのに、軽く5年はかかった。6歳から始めた剣道は、気づけば初段になっていた。性にに合っていたのか、2年でほとんど敵なしになってしまい、男子に混じって稽古をしていた時期もある。10歳の誕生日に父から六爪の剣術を叩き込まれ、この六本の剣の重さにようやく耐えられるようになった頃には六爪の竹刀で父を負かすほどになってしまった。
武術だけではなく、料理やら裁縫やら女性としてできなくてはいけない一通りの事を教育係の喜多に叩き込まれ、それだけでは伊達を背負えないと、儒学から帝王学までを父に叩き込まれた。飲み込みや理解が早すぎたのが仇となり(与えられた知識を理解するのが好きな子供だったようだ)今では普通の女子に戻ることすら難しい立派な「伊達の後継者」となってしまった。
六爪のうちの一本に触れると、鍔の冷たい感覚が心を落ち着かせる。
「戻れねぇんだよな……」
そう、ひとりごちた。と同時に障子の開く音がする。六爪から離れ、そちらを見る。
信玄とその後ろにもう一人、臙脂色の袴姿の青年がいる。
綺麗な赤茶色の髪の青年だった。
見とれていたのかもしれない。
それが、政宗と、幸村の出会いであった。