Lips
ぴしゃりと響いた声に僕とロンは一瞬で口をつぐんだ。
カツカツ。
歩み寄ってくる足音にどちらともなく顔を見合わせる。砂糖もミルクも入っていない珈琲に口つけた時のような、苦い顔だ。
のっそりした黒いかたまりが僕たちの席の前で止まった。
おもわず肩を竦めるとやはりというか、地を這うような低い声が降ってくる。
「……我輩の講義を余所にお喋りとは随分と余裕だな、Mr.ポッター」
僕だけ非難されるのはいつものことだ。
「……すみません」
「口先だけの詫びはいい加減聞きあきたがね」
ふん、と鼻を鳴らすスネイプを上目だけで見上げた。
この角度から見る強面は、より迫力を増している。
嫌悪を隠そうともしない刺々しさに、僕はたまらず目を伏せた。
「……授業など聞かなくとも……優秀なポッター殿には、試験など赤子の手を捻るがごとく容易いものだと」
「……そんなこと、」
「では何だ? 毎回毎回、何度ご忠告申し上げれば聞いていただけるのかね。 君の耳は籠耳か? それとも何か、我輩に言いたいことでも?」
……言いたいことなんて、文句とか愚痴とかそりゃもうたくさんあるけれど。
「……いえ」
もちろんそんなこと言えるはずもなく、小さく首を振ると、ふっと落とされる溜め息があった。
その感じがいつもとは違うものだったから、僕は発作的に顔を上げてしまった。
「……いくら注意をしても、まったく飽きもしないで……子どもというのは実にお喋りが好きな生き物だ――」
視界に映る、闇色の。
すうと細められた瞳、唇に触れた、ひやりと冷たいもの。
一瞬、呼吸することを忘れた。
スネイプは、自分の愛杖を、僕の唇に落として――下唇のふくらみを沿うようにするりと撫で上げた。
ひどく、緩慢な仕草で。
「グリフィンドール5点減点」
それは厳罰の声とともに離れていく。何事もなかったかのように。
「……ふう。スネイプってば相変わらずおっかないよな。大丈夫かい、ハリー?」
「…………うん」
――なんてことのない、いつもの授業風景だった。
のに。
なぜかぼんやりしてくる思考のまま、僕は指でくちびるをなぞった。
弾力に押し返されるまま、何度も。
触れた。
ここに、キスをするみたいに。舌で、やさしく愛撫されるみたいに。
あの人の。
……筋ばった長い指に持たれた、冷たくて固い、杖の。
先生の、杖の。
その感触がいつまでもくちびるに残っていた。
end