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月見で一杯

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真選組屯所。時刻はとうに夕飯時を過ぎていた。 まだ沖田が一番隊の隊長を任される前の14才であり、土方が副長としてようやく馴染んだ頃でもあり、武州に居た頃は高く結っていても長かった髪が短いことに慣れてきた頃でもあった。

「ただいまー…っと、って…あれ?」

土方と沖田が組みになって夕方最後の見回りを終えて屯所の宿舎の玄関で靴を脱いでいると、遠くながらガヤガヤと騒がしい声が聞こえた。沖田が「俺、今日は土方にバズーカ向けてやせんぜ…?」と珍しく殊勝なことをつぶやいた。さしずめ、いつも自分が暴れたあとに慌てふためく隊士達を思い浮かべたのだろう。
確かに今日は驚くほど静かで大人しかったな…と土方も本日の沖田の素行を思い返した。しかし土方はこの騒がしい理由を既に知っていた。知っていたからこそ、今日沖田が大人しかったことに気づいて少々困惑した。
何かを察知したのか、土方が制止するより早く、沖田は毎週平隊員によって磨かれる長い廊下をどたどたと走り抜け、一番騒がしい声がする部屋の障子をスパーンッ!とつんざくような音を立て思いきり両手で開けた。
障子があちこち傷んでいるのはこういう風に乱暴に扱うからだろうなと、土方は頭の隅でぼんやりと考えつつ、反対に好奇心旺盛の塊な沖田は目の前の光景に盛大に力いっぱい叫んだ。

「…なんでぃコレ!!寿司じゃねぇですか!ピザも!なんでぃコレ!なんでみんなで食べてんですかぃ!俺も混ぜて下せぇよっなぁ近藤さんッ」

どうみても宴会しているようにしか見えなかった。それもそのはず、今日は隊長各のみでささやかながら無礼講をと各隊長達が話を出したのだ。全体宴会はまた後日、スケジュールを調整してから開く予定だった。今無礼講の場として使用している部屋は平隊員の部屋から遠く、局長室に近い。言い方を変えれば隊長各でないと宴会を開いていることにすら気づかない、否、近づけない。

「おー!そうごー!おまえものむかー!」

もうすでに出来上がっている近藤さんに、「のむ」の意味がよく分かっていない沖田は隊服のまま「飲みまさぁ」とかなんとか言って部屋の中へ入ろうした。

しかし残念ながら、そうは問屋が卸さなかった。

「お前はまず風呂入ってこい。酒なんか呑む歳じゃねーだろっ」

土方に軽く首根っこを掴まれて、沖田はそのまま駆けてきた長い廊下にずるずると引きずられながら「近藤さああああああん…!」とか目を潤ませ(る演技をし)ていた。



「土方も後でのむんだろー!俺も混ぜろよー!」

お酒をジュースみたいなものだと思いこんでいるらしいこの子供は、体をきちんと洗って湯船につかいながら、まだ髪を洗う上司に話しかける。

「俺は呑まねえよ。まだ残ってる書類もあるしな」

二人しか入っていないせいか、声がよく響く。

よく響く。

よく…、あれ?急に静かになった…?

バシャッと音がしたかと思えば、ダダダダと走る音がして、髪を洗っているので目が開けられないがその音は沖田のものだと脳が認識する頃には1人浴場にぽつんと残された後だった

ため息をつき、さじを投げる。

もういい。呑んで現実を知るといい。



介抱するのは自分の役目なのだろうな、と髪についた泡をお湯で流して考えながら、土方はゆっくり風呂に浸かることにした。






隊服から寝間着へと着替えで先ほどの宴会部屋へ行くと、豪快にいびきを掻く近藤さんに寄り添うように総悟が寝っ転がっていた。
「鬼嫁」と筆で書かれたラベルが貼ってある瓶を抱えながら。

「おら、自分の部屋で寝ろ。風邪引くぞ」
「…むにゃ…しねひじかた…」
全力で生きるぞ俺は。
改めてこの小僧の粘着質な嫌がらせに屈しないことを胸に誓い、思ったより軽い総悟の体重を感じながら抱きかかえた。

布団をひき、そこへ総悟を寝かせ静かに障子を閉め、土方は溜息をついた。

酒なんざあと6年も立てば浴びるように呑む機会がくるというのに。急いてしまうのは子供の性か。

「俺ぁ、大人になったお前とゆっくり酒を交わす日を楽しみにしてるんだ。俺の楽しみ、奪わないでくれよ」

深い闇にぽつりと浮かぶ丸い月に、そうつぶやいた。



総悟が18になるころには浴びるように酒と仲良しになっていることなんて、まだこのときの土方には知るよしもなかったというのは、別の話。








作品名:月見で一杯 作家名:お茶